[The Mystery of "Madam Lament"] -01-
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 IRPO内でよく名の知られた女性がいる。誰が言ったか『嘆きの未亡人』イレーヌ・グザヴィエ。愛する夫と五年のうちに次々死に別れ――と言うと一見、非常に悲しい運命を背負った女性とも思えるが、IRPOにとっては『嘆く』べき人は死んだ夫たちの方だ、というのが半ば常識となっている。
 そんな『嘆きの未亡人』の名前がついに私たちのところへ飛び込んできた。
「最近、特捜課の成績が落ちているのはわかっているな?」
 言われてそうなのか、とヒューズを見れば彼もまた首をかしげていた。要するに、私たちの知らぬところでそんな話題が出たのだろう。私たちは次から次に舞い込む事件にぶち当たるばかりなのだが、他の部署と協力してやることもある。だが、特捜課の仕事は元々裏方なので、そういう時に限って表舞台に出ることもない。最近は、特にIRPO全体で取り組むような事件が多かったせいか、うちの部署の検挙率が下がってきているらしいが、当たり前といえば当たり前だろう。だが、それを課長は苦々しく思っている。自分の首が危ういからだ。
「そんなお前たちに私が直々に事件を持ってきてやった」
 なるほど、無理難題と思えるような事件を担当させて一気に特捜課の株を上げよう、という魂胆らしい。そんな思惑くらい、別に言われなくてもわかる。
 そうして私たちに託されたのが『嘆きの未亡人』だった。彼女の動向を見張れと言うのだ。
「四人目の被害者を阻止しろってことなんだろうな」
 だが、それはどだい無理な話だ、とヒューズは言う。私も話に聞いていただけだが、いかにも無茶な話だと直感した。
 『嘆きの未亡人』ことイレーヌ・グザヴィエは、今までに三人の夫と死に別れている。一人目は自殺、二人目は事故、そして三人目もまた事故だった。もちろん、IRPOだけでなくメディアの方も黙ってはいない。そのため、ちょうど三人目が死んだ時には新聞やテレビでも大々的に報道されたのだが、結局捜査をするのはこちらの仕事。だがIRPOは決定的な証拠を見つけられなかった。何をって――もちろん、彼女が夫を殺した、という証拠だ。
「知ってるか? グザヴィエ夫人ってのはな、相当な額の保険金を手に入れてるらしいぜ」
 どれほどか、と目で問うとヒューズはふっとため息をついた。
「そりゃ決まってんだろ。俺たちが一生かかっても稼げないような額を、さ」
 なるほど、どれほどなのか見当もつかないな。
 そんな話をしつつ、特捜課に戻ってきた私たちを出迎えてくれたのは、ちょうどパトロールから帰ってきていたレンだった。だが、いつもと様子が違う。こう、どこか浮き足だっているというか、目が普段以上にキラキラと輝いているような。
「先輩、サイレンスさん!」
 言うなり飛びかってきたレンをヒューズが軽々と避けた。哀れ、レンはそのままバランスを崩して壁に激突だ。
「ひどいです、先輩……」
「いきなり抱きついてくるお前が悪い!」
 しゃがみ込んで顔を押さえているレンに手を差し伸べてやると、予想外の強い力で握られた。危険を瞬時に察知したが、それも遅かった。ぐっと腕を引っ張られた拍子に、今度はこちらがバランスを崩し、レンの目の前でしりもちをつく羽目になる。
 それでもレンの猛攻は終わらない。
「サイレンスさん! 『嘆きの未亡人』の一件を任されたそうですね」
 情報が早いな。それにいささか驚きながらも返事をすると、レンはふっと息をついた。もしかして私たちは憐れまれているのか? だが、真実は違った。
「さすがです、先輩もサイレンスさんも。こんなに重要な事件を任されるなんて!」
 再び顔を上げたレンは、先ほどと同じように目を輝かせながらこちらを見つめてきた。どうでもいいが、そろそろ手を離してもらえないだろうか。こんな至近距離で男に見つめられて喜ぶようなたちではない。
「でも、もし仮にグザヴィエ夫人が夫を殺していたとしたら……」
 ふいにレンの表情が曇った。何か考え込んでいる様子だが、その表情からは伺えない。どうしたものかと顔を覗き込んだが、それと同時にすぐ側にあったドアが開く音が聞こえ、結局彼の考えを聞くことはできなくなってしまった。
「そんなところで男三人いちゃいちゃしている暇があったら仕事しなさい。仕事を」
 振り返るとそこには資料を大量に抱えたドールの姿があった。いや、一つだけ言わせて欲しい。好き好んでこんな状況になっているわけでは断じてない。だがこれも助けに舟なのか。
「よし、サイレンス! さっそくヨークランドに行こうぜ!」
 ヒューズのその一声と共に私も立ち上がった。何はともあれ、こんなところでじっとしているわけにはいかない。殺人事件の犯人を捕らえるのも仕事だが、こうして犯罪を未然に防ぐのもIRPOの仕事だ。
「お二人とも、頑張ってくださいね」
「失敗したら課長から大目玉なんてもんじゃすまないわよ」
 そんなことを言うレンとドールに見送られ、私たちは特捜課の部屋を後にした。今回は長期戦になるだろう。
「グザヴィエ夫人と俺たちとどっちが先に行動を起こすか。そんなとこだな」
 ヒューズの一言に私は強く頷いた。彼女が白ならそれでいい。黒であっても別に構わない。とにかく、この一連の出来事の真相を暴くのが、今の私たちの仕事なのだから。



 ヨークランドは、いつ来てものどかで自然が多くて素晴らしい場所だと思う。この男にさえ会わなければ。
「よう、ヒューズ&サイレンス! 元気にしてたか〜」
 張り詰めた緊張は、この男の間延びした声で一気に解けてしまい、代わりに言いようのない脱力感が我が身を襲う。どうしてこの男はいつもこんなにのんびりしているのだろうか。これもヨークランドという土地の成せるわざなのだろうか。
「それより二人一緒だなんて珍しいな。これは……」
 こちらが悪態をついたのもつかの間、ふいに彼の表情が真剣になった。この男、何か感じ取ったのか。意外と直感の鋭い――。
「事件の匂いが〜むんむ〜んするぜ〜♪」
 もういい。直感は当たっているが、そのとんでもない歌声をどうにかしろ。
「相変わらずすげえな」
 ぼそりと呟かれたヒューズの言葉に同調する。もちろん、言わなくても何が『すごい』のかは理解している。だが、こちらの様も男はまったく気付いていないようだ。
「なんだい? 俺のギターに痺れちゃったのかい?」
 お前にはリュートがギターに見えるのか。一度、そのないに等しい目を見開いて確認してみろ。
「あのなあ、リュート。俺たちは仕事で来てんの。プータローのお前に構ってる時間はないんだよ」
「ヒューズは古いなあ。最近では俺みたいなのはニートって言うらしいぜ」
「余計ダメじゃねえか……」
 ああ言えばこう言う。この男に付き合っていたら日が暮れてしまう。それをヒューズの腕を叩くことで伝えると、彼もまた頷きながら深いため息をついた。とにかくここから動かなければいけない、という意志は伝わったようだ。
「ちょっと言いにくいんだけどさ、俺たちがここに来たこと、絶対に誰にもしゃべらないで欲しいんだ」
 そうヒューズが切り出した瞬間、リュートの顔がまたしてもふと真剣になった。よもや、また怪しげな歌を歌う気ではないのか、と警戒したのだが、彼の口から飛び出したのは思っても見ない一言だった。
「そりゃ極秘任務ってやつかい?」
「まあ、そんなとこだな。詳しいことは言えないが」
「なら俺に任せとけ!」
 言うなりリュートは手に持ったリュートをかき鳴らした。
「どうせ捜査でここに来たんだろ。だったら地元の人間から話を聞いた方が早いってな」
 それに私たちは思わず顔を見合わせた。確かにそうだ。だが、そうそう派手に聞き込みをするわけにもいかない。それがわかるだろうに、彼は何を言わんとしているのだろう。そんな頭に浮かんだ疑問符をそのままリュートに投げかけると、彼は平然とした顔でこう言ってのけた。
「目の前にいるだろう? 俺はこれでも情報通なんだぜ」
 その情報の元は確かなものなのだろうか。ヒューズも少々困惑気味の顔をしていたが、懐から手帳を取り出すと何かを書いてリュートに手渡した。
「ここにサインをしてくれ。とりあえずだが、誓約書だ」

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