[The Adventure of the Aimed Man] -06-
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 引き返したシュライクでまず署に立ち寄り、調査資料閲覧の許可証を得た私たちは、ついでにパトカーを借り、井波武雄とあの木田孝弘という男の出身校に向かった。ちょうど下校時間に当たったのか、通りすがりの生徒たちがちらちらとこちらに視線を投げかけてくる。
「やだ。あの人、超カッコイーけどコスプレ?」
「でもぉ。あんな人が白馬に乗って迎えに来てくれたら、アタシ落ちちゃうかも〜」
 白馬? そんなもの私は乗ったことないぞ。
「人気だねえ、王子様。手でも振ってやったら?」
 ヒューズがそう言うので彼女たちに手を振ったら、「キャー!」と絶叫で返された。その絶叫の意味はまったくわからなかったが、横のヒューズは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。
「おうおう。よくモテますこと。――なんでお前ばっかり」
 落ち込んでいるようだったので、そっと肩に手を置いたら「憐れむな!」と叫んで頭を殴られた。
「やだー。あの男サイテー!」
「うるせえ! 高校生は帰っておとなしく勉強でもしてろ! まったく、チャラチャラしやがって!」
 これ以上放っておくと生徒に向かってブラスターの引き金をひきそうだったので、暴れる彼の襟首を掴んで校舎へと入っていく。靴を履き替えると正面にあった事務室へと向かった。
「よろしかったら、担当の教諭から話を聞かれてはいかがでしょうか?」
 受付の女性はそのまま私たちを応接室へと案内し、しばらく経って、年を取った男性と、少し年配の女性とを連れて戻ってきた。
「どうも。IRPOです」
「ご苦労様です。まあ、おかけになって」
 年老いた男性(校長だ、と言っていた)と、先ほどアルバムに載っていた女性の向かいに腰を下ろし、持参した卒業アルバムを開いた。
「井波君と木田君ですね。ええ、よく覚えていますとも。大変仲の良い二人でしたから」
「友達だったんですか?」
「ええ。私は一年と三年で担任になったんですけども、入ってすぐに仲良くなって、それ以来は本当に何をするにも一緒でしたよ」
「それで、卒業してからどうだったかわかります?」
「私もさすがにそこまでは……。ああ、でも進路ならわかりますよ」
 彼女は手元の資料を開いた。二人の成績が数字で評価されている。
「井波君は上百舌学園大学の経済学部に、それから木田君は株式会社中島製作所に就職したのだけれど……ちょっと地図持ってきましょうか?」
「あ、その場所なら知ってます。どうぞお構いなく」
 中島製作所。聞いたことのある名前だ。確か、『お好みセット』とか言う……いや、違う。『お好みラット』だったか……思いだせんがまあいい。とにかくレッドと名乗る少年について行った記憶がある。
「何もお役に立てませんで」
「とんでもない。大変助かりました。ありがとうございます」
 情報を集めて、私たちは学校を後にした。言わずとも行き先はわかっている。中島製作所だ。
 中島製作所はこのリージョンの動脈とも言われるシュライク・ハイウェイのグレートスロープ出口を降りて少し行ったところにある、メカを製作している小さな会社だ。小さいとはいえ、その技術力は非常に高く、IRPOでも何かと世話になっている会社である。工場内には完成品、試作品を問わず様々なメカが並び、メカを扱う部類の人間からすれば一番馴染みのある場所だ。逆に妖魔からすれば一番縁の遠い場所だと言える。
「やあ、あんたたちは確か……」
「ども〜。IRPOのもんです」
 出迎えてくれたのは社長の中島正太郎だ。同じ太っている人間とはいえ、あのクーロン署の署長とはまったくタイプの違う人当たりのいい男だ。握手をされたが嫌悪感もない。
「ま、立ち話もなんだし、ちょっと上にでも」
 社長が案内してくれたのは二階にある小さな部屋だった。ここが事務所らしい。簡素な応接セットに向かい合って座り、ヒューズが話を切り出そうとしたその時だった。
「あれー? ヒューズとサイレンスじゃねえか。どーしたんだよ?」
 茶を持って現れたのは見慣れたサボテン頭だった。ああ、こいつだ。『お好みセット』!
「お・こ・の・ぎ・れ・っ・と、だよ。お前、事件関係者の名前はすぐ覚えんのにその他はさっぱりだな。それよりレッド。お前、こんなとこで何してんの?」
 なぜわかったのか、ヒューズは訂正を加えると、レッドにもらった茶をすする。
「烈人君は私の知り合いの息子さんでね。バイト先を探してるって聞いたんで、それならとうちで働いてもらってるんだよ」
「ま、そーいうわけ。それより……もしかして事件なのか?」
 急にレッドの目がキラキラと輝きだす。元からの彼の性質なのか、それともアルカ……いや、言わないでおこう。とにかく事件の好きな彼は身を乗り出してこちらが話し出すのを待っている。
 しかし、そんな彼にちらりと視線を投げかけ、ヒューズは手を払った。
「あのな、今からするのは大人のお話なの。お子様はあっちに行ってな」
「何だとー? 俺だってもう大人……」
「まったく聞き分けのねえボウズだな。ばらしちまうぞ。アルカ……」
 ヒューズがそう口にしたとたん、レッドの顔色がさっと変わる。意味がわからない社長はぽかんとしているが、その言葉はレッドを黙らせるのには十分すぎるほどだった。
「どうぞごゆっくりな!」
 そう叫ぶとさっさと部屋を出て行く。残された社長が不思議そうに首を傾げた。
「アルカ? アルカリ乾電池かい?」
「いやいや、お気になさらず。こっちの話ですよ。な、サイレンス」
 目配せに頷きで返すと、ヒューズはようやく話を切り出した。
「なるほどねえ。でも残念ながら彼はもう、うちにはいないんだよ」
「ええ〜!?」
 木田孝弘の話をすると、先ほどまで笑っていた社長の顔が申し訳なさそうな表情に変わった。うまいこと進んでいたが、とんでもない壁にぶち当たってしまったというわけだ。
「まあ、ちょっと待ってくれ」
 社長は椅子から腰を上げると、机の上にある分厚いファイルを持ってきた。開くとここの社員の雇用証明書や給料明細が出てきた。
「ふーむ。三年前の七月の支払いが最後だね。この前に少し怪我をしてね、数週間休んでいたんだけど、退院して戻ってきてちょっと経った頃に急に辞めたいと言ってきたんだ。休んだことを気にしてるのかと思って言ってみたんだけど、そうでもないと言うし、ここの雰囲気が合わないのかと聞いても違うと言うし。結局原因はわからずじまいだよ」
 人間にとっての、さらに言うなれば事件にとっての三年は長い。その三年の間にまったく行方が掴めなくなっていることが多いからだ。もちろん、ヒューズもそれをわかっていて深いため息をついた。
「こりゃまいったな……」
「すまないね。彼がメカならまだ探知できたんだが。探知機でも搭載しておいた方がよかったかな」
 顔に似合わず恐ろしいことを言う。四六時中見張られる生活なんてご免だ。
「……そういや両親は? 彼の親御さんはどうしてるんです?」
 そうだ。学校の書類には連絡先が書いてあった。一応メモは取っていたのだが、まだそこにいるかはわからない、ということで先にここに来たんだ。彼の親なら何か知ってるかもしれない。
 だが、予想に反して社長の顔は暗かった。
「それがね、実はさっき言った怪我というのが交通事故でねえ。
 知ってるかな? 三年前にハイウェイの武王陵インターで降りようとしたタンクローリーがハンドルをきり損なって、防音壁に衝突した挙句、炎上した事故があったんだよ。タンクの中は空だったから、火災自体はそんなにひどいものではなかったんだけど、ちょうど運悪くそこに居合わせた車が数台、巻き添えを食ってしまってね。その中の一台がちょうど旅行から帰ってきた木田君と親御さんだったんだよ。不幸なことに彼の親御さんはその事故でお亡くなりになってしまってね。まあ、辞めた理由はそこにあるのかもしれないと思ったんだけど、さすがに聞く気にはなれなくてねえ」
「そりゃそうですよねえ」
「うん。彼も明るく振舞ってはいたんだけどね。仲のいい親子で、ご両親もよくうちに挨拶に見えてたし、休日もよく家族で出かける話を聞いてたから、余計にかわいそうでねえ」
 親を亡くすというのはどういう感覚なのかはわからないが、ヒューズの言葉で言えば『心の拠所を失くす』というものらしい。
 『親ってな、絶対にいなくならないって錯覚しちゃうんだよ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないのにさあ。だからいなくなった時に後悔しないように、今のうちに親孝行しとかないと』。連休のたびにそう言ってヒューズは故郷に帰る。それを見送りながら、人間にとって親とはどんな存在なのだろう、といつも考えさせられるのだ。
「他に親戚は?」
「ちょっとわからないな」
「そうですか……。お時間取らせてしまってすいません」
 社長に礼を言い、私たちは事務所を後にした。ちょうど階下に降りてきたところで、両手に怪しげな部品を抱えたレッドが飛び込んできた。
「なんだ。もう帰るのか?」
「ああ。とりあえず聞きたいことは聞いたからな。それよりレッド」
「ん? 何だよ?」
「親御さん、大事にしろよ」
 肩を叩いてそう言ったヒューズを、レッドはわけのわからないものを見る目で見ていたが、やがてこくんと小さく頷いた。
「うんうん。素直でよろしい。じゃーなッ!」
 それだけ言うとヒューズはさっさとパトカーへと向かって歩き出した。
「おっさん、変なものでも食ったのか?」
 レッドにそう聞かれたが、私にもわからないのでとりあえず首を傾げると、彼も同じ仕草をした。
「おい、烈人君!」
「あ、今行きます! それじゃ、仕事がんばれよ!」
 お前もな、と思い手を振る。レッドはそれに応えると、奥へと向かって走っていった。



 その後、私たちはヒューズの「腹が減った」の一言でマンハッタンへと向かった。行く先はいつもと同じファーストフード店だ。カウンターで蜂蜜(これは何かにつけて食べるために用意されているらしい)をたっぷりもらい、ようやくテーブルについた時には午後八時になろうとしていた。
「はーあ。結局進展はナシかあ」
 馬鹿でかいバーガーにかぶりつき、ヒューズがため息をついた。私はと言えば、もらったドリンクカップの中に蜂蜜を入れ、ストローで飲んでいる。ハンテンボクほどではないが、このクローバーの蜂蜜もなかなかうまく、ここに来た時にはいつも頼んでいる。
「ほーんとに参っちまうよなあ。ややこしいの一言だぜ。もっかい洗い直した方がいいのかな」
 確かに木田孝弘の所在が掴めない以上、そうするより他に方法はない。それ以前に彼が事件に関係しているかもまだわからないのだ。むやみに彼だけを追いかけるのもよくない。
「全然全貌が見えないんだよなー」
 一つ目のバーガーを平らげたヒューズがテーブルの上に新たに手に入れた木田孝弘の写真も含めて、四枚の写真を並べた時だった。
「もう、イチゴのシェイクおいしいのに。後で欲しいって言ってもあげないよ?」
「そんな甘そうなもん、頼まれても飲みたくない」
 聞き覚えのある声がこちらに近付いてきた。ふいに振り返るとちょうど彼らと目が合う。
「あー! サイレンスだ! ヒューズもいるー!」
 どんな人間の毒でも抜きそうな笑顔で近付いてきたのは、銀髪の髪を後ろで結んだ術士だった。その後ろには同じ顔ながら仏頂面の金髪の男が立っている。これが双子の兄とやらか。驚くほど良く似ている。
「ふん。誰かと思えばIRPOの無能捜査官か」
「言ってくれるねえ。人を人と思わない鬼畜術士さん」
「人以下のヤツにそう言われてもな。だいたい人を殴るしか能がないくせに――」
「ちょっと、ちょっと!」
 一瞬にしてどす黒い空気に満たされた二人の間にルージュが割って入った。まったく、彼もこんな導火線に火のついた爆弾のような兄を持って、さぞ苦労する生活を送っているんだろう。心なしか髪の色もくすんで見える。
「ごめんね、ヒューズ。ブルーは今ちょっと機嫌が悪いんだ」
「ほーう。欲しいおもちゃを買ってもらえなかったのか?」
「ううん。おもちゃじゃなくてウォーターベッ――うわッ!」
 最後まで言う前にルージュはブルーに半ば引きずられるように店の奥へと連れて行かれた。腰を落ち着けた先で、兄の文句を言う声がこちらまで聞こえてくる。それに対してルージュは泣きそうな顔で、しばらく何か反論をしていたが、急に立ち上がり、こちらへと歩いてきた。
「ルージュ!」
 兄の怒声に返事をすると、ルージュはこちらへ来て、いきなり私の目の前に手を突き出した。
「はい、これあげる。サイレンス蜂蜜大好きでしょ。僕、二個もらったから一個あげるね」
 なんと優しい人間なんだろう。ヒューズとは大違いだ。ついでにあの兄とも。
「お仕事本当に大変だね。がんばってね。――ってあれ?」
 テーブルの上に視線を移したルージュが間の抜けた声をあげた。
「この人、どうかしたの?」
 指差していたのはワン・ヤオの写真だった。しかし、首をひねって木田孝弘の写真にも指を指す。
「双子? うーん、どっち……」
「どっちでもいい! 知ってるのか!?」
 勢い余って、ヒューズの座っていた椅子が派手な音を立てて倒れた。それを気にもせず、ヒューズはルージュの肩を掴むと必死に問い詰める。
「おい、教えてくれよ! こいつらを探してるんだよ!」
「えっとね、さっき……」
 ルージュがそこまで言ったその時、ヒューズの頭にげんこつが落とされた。うめき声を上げてうずくまったヒューズの後ろに視線を移すと、例のブルーとかいう鬼畜術士(らしい)が立っていた。
「それが人にものを聞く態度か。この無能」
 『捜査官』が省略されている。彼の中ではもはやヒューズは捜査官ではなくなったらしい。
「もう、ブルーもいきなり殴るなんてひどいよ。大丈夫?」
 ルージュが手を差し伸べると、それに掴まるようにヒューズが立ち上がった。よほど痛かったのだろう。あのヒューズが涙目になっている。
「まったく乱暴な……。それよりルージュ、さっきどうしたって!?」
「うん。さっき、その人をデパートの寝具売り場で見たんだ。色んなベッドに座ってたよ?」
 思わずヒューズと顔を見合わせる。ワン・ヤオか木田孝弘か。とにかくどちらかがこのマンハッタンに、しかもすぐそばにいる可能性がある――!
「よし、サイレンス! 行くぞ! それと今回のはチャラにしてやるぜ、ブルー!」
 残された食事もそのまま、掛け声と共に私とヒューズはファーストフード店を飛び出した。

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