[目覚めぬ者] -前編-
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「おい。さっさと起きろ」
「うーん。後五分……」
「そう言ってお前はいつも二度寝するだろうが」
 盛大にため息をついたブルーの顔を見て、ルージュはあることを思い出しはっとする。
「そうだ! 朝ごはん作らなきゃ!」
「もう作った」
「え、え!?」
「起きる気配があまりにもなかったからな」
 しかも自分で目覚ましまで止めて――と続けられ、ルージュは少し赤くなった頬を隠すように布団の中へともぐりこんだ。
「いつまでそうしているつもりだ。さっさと着替えてこい」
 未だ布団の中でごそごそと動くルージュに一瞥をくれるとブルーはさっさと部屋を出て行った。
「あんなに怖い顔しなくてもいいのに……」
 自分が悪いのはわかっているのだが、どうしてもあの青い目で睨みつけられるとすくんでしまうというか――。いや、彼は睨んでいるつもりではないのだろうけど。
「そうだ。早く着替えないと。また怒られちゃう」
 慌ててベッドから飛び出すと、小さなクローゼットを開ける。そこにあるのは本当に少しだけの普段着と、少しくたびれた鮮やかな緋色の法衣。
「もう、一年も経つんだね……」
 思わずそっとそれに触れた時、リビングの方から急かすように自分を呼ぶ声が聞こえて、ルージュは慌てて薄黄色の洋服に手を伸ばした。



 この一年の間にマジックキングダムは目覚しいほどの復興を遂げた。
 今では少ないながらも商店が立ち、人々も徐々に増え始めている。それはかろうじて生き残った者であったり、元々ここで生まれ、他のリージョンへと移った者であったり、逆に他のリージョンから移ってきた者であったりするのだが、それもあの日から今まで廃墟同然だったこの国にシップ搭乗口が復活したからに他ならない。
 他のリージョンと以前以上にさかんに交流を持つようになったこの王国は、昔の面影を残しながらも徐々に違うものへと変わってきている。皆が便宜上そう呼んでいる「マジックキングダム」というこの国の名も、そう遠くない未来に変わってしまうかもしれない。
 全てが、今まで想像されていたものとは違う未来へと向かって進んでいるのだ。

 もちろん、その中心にいるのはブルーとルージュであり(本人たちはそう思ってはないのだが)、そしてかつてのキングダムの住人なのだが、それ以外にも積極的に復興に参加してくれた者たちがいる。それが二人が旅をして得た仲間たちだった。
 できたばかりの酒場で自分の好きな酒を傾けるゲン。今は以前と同じように飲んだくれてはいるが、最初の頃は別人のように働いたものだ。そしてふいに現れては役に立つのか立たないのかわからないことをしながらも、一声歌えば人々から笑いと喝采を浴びているリュート。そして何よりその怪力で復興に一役買っているサンダー。モンスターということで最初は恐れられていたが、今ではそんなものはどこへやら。あちこちからお呼びがかかって、忙しい毎日を送っている。
「パトロールで忙しいんだ」。そう言いながらも顔をのぞかせては貴重な人員を運んでくれるヒューズもいる。彼の同僚のサイレンスも「無口だけどいい人」と言われ、皆とうまくやっている。たまに訪れるエミリアやアニーはここにレストランの支店を作るつもりらしく、ルーファスを説得中らしい。
 そう、町の端にひっそりと立っている白い建物。そこには『何、ちょっとした診療所だ』と言って一風変わった医者がたまに訪れる。
 そしてなぜか、一時期だけ共に旅をした熱血漢の元ヒーローも、「町の治安は俺が守る!」とばかりに日夜パトロールをしては小さないさかいを沈めているとか。
 二人が外遊の中で手に入れたのは資質や強い魔力だけでなく、こうした仲間との強いつながり、互いに思いやり助け合う心だった。

 もちろん変わったのはマジックキングダムだけではない。ブルーとルージュ、二人の関係も初めの頃に比べ大きく変わった。
 初めはほとんど共通する話題もなく、どことなくぎこちなかった会話を交わしていた二人も、今では耳打ちをしたり談笑するといった姿が当たり前のようになっている。特に大きく変わったのはブルーだと、彼の仲間が言い合っていた。彼が普通の顔で笑ったり弟を思いやっている姿は彼らの目にはよほど奇妙に映るらしい。実際、ブルーが仲間たちに初めて礼を言った時は全員が悲鳴を上げて逃げ出そうとした、とリュートが歌に残しているほどなのだから。

 当たり前ではなかったことがいい意味で当たり前になってきている。それも一年という時間の流れが生み出したものだったのだ。

 ただ一つ。ただ一つだけ、あの忌まわしい時代で止まっている場所を残したままで――。

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