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「白薔薇、泣いていても何も始まらないよ」
「でも、でも……!」
「ねえ、死んだのはあくまでルージュ君の『体』なのよ。彼の魂はあのブルーって術士と一緒に生きているわ」
「ふん。それでも死んだことに変わりはない」
「イルドゥン! 少しは皆の気持ちも察したらどうだ!」
 ヒューズの厳しい声にイルドゥンは一瞬口を閉じたが、面白くないのか彼をにらみつけた。
「二人ともいい加減にして。それよりこれからどうするか考えないと」
「そうね。とにかくルージュ君の体を埋めてあげましょう。あんなところに置いていくなんてかわいそうだわ」
「そうですわね。せめてこの花畑に埋めて差し上げれば、ルージュさんも少しは安らかに眠れるでしょうから……」
「よし。そしたらちょっと行ってくるぜ」
 そう言うなり、ヒューズはルージュの体が横たわったままの岩へと向かう。
 つい数時間前までは結界が張られていたために近付けなかった場所。手を伸ばしても届かなかった場所。それなのに今はこんなにもやすやすと近付くことができる。そう思えば、いくら彼の意志とはいえ死にゆく様をただ見つめることしかできなかった自分に腹が立ってヒューズはぐっと唇を噛んだ。
――あの時、少しでも近付くことができたら見殺しになんか!
「不甲斐ない仲間ですまん」
 そう呟いて彼の体を抱き起こそうとした時、自分の想像していたものとは違う状況に気付き、ヒューズは半ば悲鳴を上げるような声で叫んだ。

「ルージュが、生きてるぞ!」



 先ほど見えた月の替わりに僕の目に飛び込んできたのは、アセルスと白薔薇姫とエミリアさんのほっとしたような顔だった。
「やっと目を覚ましたわ!」
 エミリアさんの明るい声にはじかれたように視線をめぐらせると、暗いアスファルトむき出しの壁が目に入った。
「ここは……?」
「クーロンよ。あなたは三日間も眠ったままだったんだから」
「一向に覚める気配がないのでとても心配してましたのよ」
「そうよ。白薔薇なんてずーっと付きっきりで看病してたんだから」
 立て続けに話しかけてくる彼女たちに少し慌てながらも答えを返す。そして実感した。

――僕は、生きてるんだ。

 そうなると、一つ疑問が浮かんでくる。
 ブルーは、どうなったんだろう? 僕には地獄の君主を倒した時までの記憶しかない。次に気付いた時は、あの月が見下ろしていて。
 結局、あそこは天国でも何でもなかったんだ。僕とブルーが戦った場所だったんだ。
 でも、そうだとしたら、僕がいなくなった後のブルーはどうしたんだろう? 地獄の君主を倒してから彼はどうなったんだろう? まだキングダムにいるんだろうか。それとも別のリージョンに移動したんだろうか。――それとも。
 最後に浮かんだ考えを僕は必死に打ち消した。そんなことあるはずがない。あのブルーに限ってそんなこと――。

「どうしたの?」
 ふいに覗き込んできたアセルスの声に思わず悲鳴を上げてしまった。
「もう! そんなに私の顔って怖いわけ?」
「ううん、違うんだ。ちょっとビックリしただけ」
「本当に? 実は全然違うこと考えてるんじゃないの?」
「そんなことないよ。本当にごめんね」
 慌てて謝ると周りの二人がクスクス笑った。その声が耳に響いてさらに自分が生きていることを実感させる。それが嬉しくて、でもすごく不思議で、もう、どうしていいのかわからなかった。
「さあ、二人とも。もう少しルージュ君を休ませてあげましょう」
「そうね。行こう、白薔薇。ルージュ、また後でね」
「ゆっくり休んでくださいね。イルドゥンもヒューズさんも心配していますわ」
「え? ヒューズさんはわかるけど……。イルドゥンが!?」
「顔には出さないけどね」
 アセルスが笑ってそう言うと、白薔薇姫と二人部屋を出て行った。……歩く歩幅まで一緒なんだ。あの二人って本当に仲がいいんだなあ。
 そんなことを考えていたらふいにエミリアさんと目が合った。この人にも迷惑かけちゃったんだな。どうやってお返ししたらいいんだろう。
「ねえ、ルージュ」
「はい?」
 急に話しかけられて声が上ずってしまった。今日は本当に驚いてばかりだ。
「ちょっとだけ聞いてくれる?」
「いいですよ」
「ありがとう。あのね。私たち、三日前にブルーに会ったの」
「え――?」
 意外な言葉に次の言葉が出てこなかった。突然飛び出してきたブルーの名前。そしてエミリアさんたちが会ったという事実。しかも三日前。ちょうど僕が生き返ったらしい頃だ。
「ヒューズがあなたの体を埋めるためにあの崖に登ったの。そしてあなたが生きているんだってわかって、慌てて担いで降りてきたのよ。ちょうどその時だったわ。彼がいきなり目の前に現れたの」

 それからのことを彼女は全て教えてくれた。
 ヒューズさんが彼に掴みかかったこと。アセルスや白薔薇姫が責め立てたこと。それに対して彼は何の弁解もしなかったこと。さらにイルドゥンでさえ敵意を向けていたこと。もちろん、エミリアさん自身も怒りを覚えずにいられなかったこと。
「特にアセルスと白薔薇姫の怒りようはすごかったわ」
「アセルスはわかるけど、あの白薔薇姫まで……?」
「そうよ。泣きながら怒ってたわ」
「想像できないでしょう?」そう言ってエミリアさんは少しだけ笑ったけど、それからまた真剣な顔に戻ってこう言った。
「彼はマジックキングダムでこれからを過ごすそうよ。あなたの目が覚めたらそれを伝えておいてくれ、って言われたわ」
「キングダムで……。新しい命を救うため……?」
「何でそう言ったのかはわからないわ。でも、少なくとも彼が、『いなくなった』あなたを探すためにあそこに来たことは確かね」
「そうですか……。ありがとうございます」
「……さあ、私が頼まれたことはこれで全部よ。もう少しゆっくり休みなさい」
「そうですね。そう言われるとなんだか眠くなってきちゃったような……」
「夕食には起こしてあげるわ。今日はあなたのお祝いだからパーッと騒がないとね!」
「そんなのいいのに……」
「みんなもこの三日間、緊張しっぱなしだったからね。たまには息抜きもいいじゃない。」
「うん、そうですね。みんなにお礼も言わないといけないし」
 そう言って布団にもぐりこむ。ふんわりと石鹸のにおいが鼻をくすぐって心地いい。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
 エミリアさんが出て行くのを見送って視線を移す。ちょうどドアに手をかけた時、急にエミリアさんが振り返った。
「そう、言い忘れてたけどね」
「え?」
「彼ね、『よかった』って言ったのよ」
「……え?」
「あなたが生きててよかったって、そう言ったのよ。それじゃあね」
 それだけ言うとエミリアさんは扉の向こうへと消えていった。唖然としたままの僕を残して。

――「生きててよかった」? あのブルーが?
 僕の記憶の中にあるブルーは戦う時の殺気立ったあの顔だけ。だからそんな彼が僕のことを「生きててよかった」なんていうわけがない。じゃあ、何でそんなことを言ったんだろうって考えてみたんだけど答えはわからず終い。
 そうこうしているうちにまぶたが重くなってきた。

 ああ、こうやって安心して眠るのって何ヶ月ぶりだろう。そういえばキングダムを出て以来、資質を集めることと、ブルーと出会うことばかり考えていたから――。
 もういいや。今はゆっくり寝よう。目が覚めたらまたあの人たちと旅を続けるんだから。

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