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 眠ってから二、三時間経ったのだろうか。エミリアに誘われて行った先はイタリア料理店。
 ルージュ自身も何度も来ているせいか、どこか懐かしいような気さえしてくる。
 思えば、キングダムを出て初めて入ったレストランというのがここだったような。それからたった数ヶ月しか経たないというのに、自分の周りの環境は大きく変わってしまった――。だからこそ余計、ここが以前とまったく変わらないと知って余計懐かしくなったのだろうか。
「いらっしゃい。今日はまた大勢ね」
 変わらない笑顔でライザが話しかけてくる。店の奥にいるルーファスも前に来たままだ。
「あれ? アニーさんは?」
「今ちょっと出かけてるの。すぐに帰ってくるわ」
 ライザはそう答えるとエミリアと談笑を始める。久しぶりに顔を合わせたからなのか、話に花が咲いている隣りで、ルージュは改めて豊富なメニューとにらめっこを始める。
「ルージュは何が食べたいの?」
「そうだなあ。なんか久しぶりで食べたいものがありすぎてわかんないや」
「だったらコースなんてお勧めよ」
「あら。私がいない間にそんなの置きだしたの?」
「ううん。ちょっとした思い付きよ。ねえ?」
 ライザがルーファスに目配せをする。サングラスをかけているせいで目の表情はわからないものの、軽く微笑んだ口元の動きで、彼がそれを了解したことがわかる。
――ああ、この人も全然変わってないんだな。
 何もかもが変わらないままのクーロンの街。この華やかなネオンの光に溢れた表通り、そして暗くしめった裏通りもきっとそのまま。
 大きなテーブルで料理を囲む仲間たち。アセルスのすまし顔も、白薔薇姫の鈴の音のような笑い声も、エミリアの大人っぽい雰囲気も、ヒューズのあっけらかんとした態度も、イルドゥンの抑揚のない話し方も。全てがあの対決の前と変わらないまま。

――僕は、本当に帰ってきたんだね。

 ルージュがそんな思いを抱く中、クーロンの長い夜は更けていった。



「んんー……」
 耳に入ってきた自分の声で目を覚ますと、窓からのぞいている太陽と目が合って目を細めた。
 今、何時なんだろう。早く準備しないとみんなに迷惑かけちゃう。
 急いで昨日(と言っても今日の明け方だけど)帰ってきた時にたたんだ法衣に手を伸ばす。最初は時間がかかった着替えもだんだんと慣れてきて、今じゃものの五分もあれば着替えられるようになった。僕もここら辺は成長したかなあ……なんてね。
 ブルーはどれぐらいで着替えるんだろう。ふいにそんなことが気になった。
「えっと、ロザリオは……」
 装飾品をつけようとして、机の上を見た僕はそこに白い紙切れが置いてあるのに気付いた。
――なんだろう。昨日、ベッドに入った時にはなかったのに。
 でも僕が驚いたのはその紙切れが置いてあることじゃなかった。驚いたのは、その紙切れに書いてあった内容――。


おはよう、ルージュ。
突然だけど、私たちはファシナトゥールに向かいます。
本当に突然でごめんね。何より、黙って行ってしまってごめんなさい。

今まで本当にありがとう。
また、会える日まで。さようなら。  アセルス



 僕は慌てて部屋を飛び出した。廊下を走って隣の部屋に駆け込んだ。
 その部屋は昨日、アセルスと白薔薇姫が入っていった部屋。なのに、すでに荷物はなく、がらんとして、安っぽいベッドが二つ並んでるだけだった。
 そのまま、その隣の部屋にも駆け込む。その隣の部屋にも。でもどれも空っぽ。

 今度は階段を降りて外へと飛び出した。夜の華やかさとはまったく違う昼間のクーロン。
「アセルス! 白薔薇姫! エミリアさん! ヒューズさん! イルドゥン!」
 みんなの名前を大声で叫びながら通りを走る。でも誰も答えてくれない。
「みんな、どこ――ッ!」
「バカヤロー! ちゃんと前見て歩きやがれ!」
「ご、ごめんなさい……」
 ぶつかった人に謝って起き上がろうとする。でも、どうしても起き上がれなくて、そのまま汚れたアスファルトに突っ伏した。
「みんな、なんで……。また、明日から一緒だねって言ったのに……ッ」



 とぼとぼと帰ってきた部屋はさっき飛び出したままだった。
 そんな中、ベッドに腰を下ろして後から後からこぼれてくる涙をぬぐいながら、もう一度残されていた手紙を読む。
――『ファシナトゥールに向かいます』
 僕はファシナトゥールに行く術を知らない。みんなを追いかけることもできない。そしたら僕はどこへ行けばいいんだろう。僕にはもう旅を続ける目的もない。帰る場所もない。
 いずれアセルスたちと別れる日は来ると思ってはいたけど、こんなにも急だとどこに行けばいいのか、何をすればいいのかも考えつかない。
「本当にどうしよう……」
 口に出して呟いてみても何も浮かばない。
 その時、昨日エミリアさんから聞いた言葉を思い出した。
――『彼はマジックキングダムでこれからを過ごすそうよ』
「キングダムか……」
 キングダムに行けばブルーがいる。僕の、たった一人の肉親が。でもどんな顔をして会えばいいんだろう。それに、どうやって過ごしていけばいいんだろう。仲たがいをしてしまったらどうしよう。それより前に、ちゃんと打ち解けられるんだろうか。
「うじうじ悩んでてもしょうがないか……。ゲート!」
 頭の中で渦巻いていた問題をまっさらにして、僕はキングダムへと身を飛ばした。

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