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――ようやく、終わった。
 そう思ったとたん、体中から力が抜けていくのがわかった。
 終わったのだ、何もかも。自分と弟に与えられた悲しい運命も、今までずっと続けられてきた忌まわしい制度も、それを続けなければ存続できなくなっていたこの国の恥ずべき歴史も。
 全てが終わったのだ。大きな犠牲を伴って。
 一種独特の栄華を終わらせるのには本当に大きな犠牲が必要だった。そして、それがなければ、今、この瞬間のこの国の姿はあり得なかった。多くの血が流れたのは言うまでもない。しかし、何よりも――。

 そう思って、ふいに体の異変に気がついた。
 おかしい。先ほどまでいたはずの「もう一人」の存在が感じられない。
 つい先ほどまで共に戦った「もう一人」の存在が――。

 考えるのはもはや限界だった。やがて、意識を投げ出したブルーの体は冷たい土の上へと投げ出されたのだった。



 大きな月が見下ろしている。ただ、静かに。

 目を開いて真っ先に飛び込んできたのは煌々と輝く月だった。
 そしてそれから、そんな月が見えることへの驚きがルージュの頭の中を支配した。
――僕は、ブルーと一緒に。
 つい先ほどまで自分の意識は兄と共にあったのだ。そう、ブルーでもルージュでもない一人の人間として、一つの体の中に二人でいたのだ。「二人」で生まれ故郷に赴き、真実を知り、そして彼らを巻き込んだ運命の諸悪の根源を根絶やしにした。
 崩れていく敵の体。断末魔の叫び。忘れようとしても忘れられない「地獄」の記憶が蘇り、ルージュは思わず身震いをした。そして違和感に気付いたのだ。

 自分が、身震いをしている。しかし、そこに兄の気配はない。それならば兄はどこへ行ったのか。そもそもキングダムの地下深く、地獄にいた自分がなぜ月を見上げ、背中に土ではなく岩の感触を受けているのか。あの地獄の血なまぐさい匂いではなく、甘い花の香りに包まれているのか。
 次第にはっきりしだした五感を駆使して、ルージュは自分が置かれている現状を把握しようとする。しかし、あまりにも違いすぎる環境にまだ覚醒していない頭がついてこれない。
――もしかしたらここが天国なのかもしれない。
 普段なら考えもしないようなことが浮かんできてルージュはもう一度静かに目を閉じた。少しひんやりした風の感触をしっかりとその体に感じながら。



「ブルー! ブルー!」
 目を覚まして真っ先に飛び込んできたのは鼻を垂らしたリュートの顔だった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔は元から冴えない顔をさらに醜くしていて、思わず顔をしかめてしまうほどだった。
「顔をどけろ」
 そう言うと伝わってないのか(いや、むしろこいつの頭では理解できなかったか)、あろうことかこの俺に覆いかぶさってきた。
「ブルー! おっ死んじまったかと思ったよ! 生きててよかったなあ!」
「うるさい! どうでもいいからさっさとどけ!」
 そう叫んで無理矢理引き剥がすと体に痛みが走った。思わずうめき声をあげると、聞き慣れたねちっこい声が頭の上から降ってきた。
「まだ完全に回復していないんだからそんなに動き回ってはいけないよ。それにしてもこの私に医術を使わせるなんて、君もまったく困った子だねえ、フフッ。」
 こいつは頭がおかしくなったのか? いや、元からか。それよりもこいつはそもそも医者ではなかったのか。何かおかしくないか? いや、考えるのはよそう。頭が痛くなる。

 それよりもまず――ルージュはどこへ行ったんだ?
 戦いが終わってそして感じた違和感。確かに存在していたルージュの気配が完全に消えてしまったことで、俺はすでに馴染んでいた二人で一つの体を共有していた時との違和感を感じたのだ。
 徐々に思い出す自分「だけ」の体の感覚。しかし、この体が俺のものならば、俺と一つになったはずのルージュはどこへ行ったのだ。――まさか!

「おい。どうしたんだ?」
 ゲンが顔をのぞかせる。相変わらず考えの読めない男だ。そう思っていると彼の顔がふいに真剣さをのぞかせた。
「お前、ブルーだろ?」
 いきなりぶつけられた問いかけに唖然とする。この男、俺の顔がわからんのか?
「……言っている意味が理解できんのだが」
 つとめて冷静に答えると、ゲンは軽く首を振って。
「すまん。お前、ここに来た時のブルーじゃないだろう? 俺と酒場で会った時のブルーだろう?」
 今度は別の意味で唖然とした。まさか、この男がそれを見破っているとは!
「そら、図星だったんだな。お前の様子がおかしいから顔を見てみりゃ、さっきまでの顔とは全然違う。気付かん方がおかしいってわけだ」
「ええっ!? ボク、全然気付かなかったよ!?」
「気にすんな、クーン。俺も気付かなかったからさあ」
 やはり馬鹿二匹は気付かなかったのか。しかし、この男とヤブ医者は気付いていたに違いない。
「ルージュ君の行方が気になるのかい?」
 そう聞いてきたヌサカーンに視線を移す。やはり気付いていたのか。
「ルージュの居場所を知ってるのか?」
「いいや。第一私が知ってるわけないだろう?」
「それは……」
「私はただ君の目に宿っていたルージュ君の気配が感じられないのに気付いただけだ。何より、ルージュ君の行方を知っていそうなのはこの中で君しかいるまい」
「俺は知らん!」
 思わず叫んでしまってからふと考えた。それと同時に先ほど感じた予感が一つの可能性として頭をよぎる。まさか、まさかルージュは本当に死んで――。

「おい、ブルー! どこに行くんだ!?」
「待ってよ! ボクたちも連れて行ってよ!」
 後ろから追いかけてくる奴らには目もくれず俺はゲートを唱えた。
 そうだ。どこにも居場所がわからないのならば、最後に見た場所に行けばいい。そこに行けば何か、小さな手がかりでも手に入る。最低でも生きているのか死んでいるのかはわかる。
 そう、せめてそれだけでも――。

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