◆Joyeux Anniversaire!
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だが、ゾズマはその考えに対して、まったく別の意見があるようだった。
「何も人間の風習をあれこれ真似ようってつもりじゃないさ。ただ、これはいいと思ったから真似るんだよ。――知ってるかい? 人間は誰であれ、誕生日に多少の思い入れがある。一年に一度、誰にでもある日だけど、当人にとっては特別だろうからね。そして、その日を家族や友達で祝うんだ。それがどうしてなのか、僕はずっとわからなかったよ。でも最近、何となくわかったんだ。人間は寿命が短い。誕生日を迎えるって言っても多くて百回かそこいらさ。それに、人間は長く生きれば生きるほど仰々しく祝うんだ。たった百年生きただけでも、見事なまでの長寿だって、周りから祝われるんだよ。それって不思議じゃないかい? 僕には不思議でたまらなかったね。生まれてから百年なんて、僕はまだ黒騎士に入ってちょっとって程度だよ。だから百年生きて祝うって感覚はよくわからなかった」
「だったらなぜ誕生日を祝うなどと言うんだ」
「それはね、小さな子供の誕生日を祝う親を見たからなんだよ。それこそ、生まれて三年だよ、三年! たった三年生きただけなのに、親は手放しで祝ってたんだ。おもちゃを買ったりケーキを焼いたり。それどころか、親の親や親の兄弟、近所に住んでる人間まで集まって、みんなでその子を祝うんだよ。おかしくって笑っちゃったね。――でもその時僕は聞いたのさ。生まれてきてくれて嬉しい、今日まで生きていてくれて嬉しいって」
そこでゾズマはふと言葉を切った。今まであれほど喋り倒していたというのに急に無言になったせいで、塔の最上部は奇妙な沈黙に支配される。しかし、それも長くは続かない。
「これは僕なりの答えだけどね、人間が誕生日を祝うのは相手が生きていることを喜び、礼を言うためなんじゃないかな。一年なんて短いものだけどさ、人間ってちょっとしたことですぐ死んじゃうだろう? だから一年生きていくだけでもきっと大変なんだよ。その一年を平穏無事に過ごして誕生日を迎えるっていうのは、人間にとってすごく大きな意味があるんじゃないのかな。だから祝うんじゃないのかなって。
それでも僕には実感が湧かなかったよ。だってさあ、僕の周りの奴らといったら、殺しても死なないような奴ばかりだからさ。生きててくれてありがとうだなんて、思ったことなかったよ。――でも君が死んで、考えが変わった。君が死んだ時、僕はすごく悲しかったよ。悔しかったよ。なんでもっと生きてくれなかったのかって、文句を言いたくなったよ。だから生き返ったとは言え、君が今こうして生きていて、話ができる。それだけでも嬉しいんだ。君が生きていてくれて……本当に嬉しいんだよ」
最後の方はまるで己に言い聞かせるような口調で、滅多に見せることのない微笑すら見せたゾズマに、時の君も言葉を失った。随分長い付き合いになるが、こんな表情を見たことはほとんど――いや、今までなかったかもしれない。冗談と冷笑で成り立っているような彼の違った一面を垣間見て、何と言葉をかけて良いのかわからなくなってしまったのだ。
「……まあ、そんなわけだからさ。僕も君の誕生日を祝いたいんだ。精一杯、盛大にね」
時の君が考えあぐねいているうちに、ゾズマは次の顔を見せてしまった。先ほどとは打って変わって、面白いものを見つけた時と似た、子供のような笑顔だ。
「でも誕生日がわからないとなると不便だよね。そうだな、もういっそのこと、今誕生日を決めちゃわない? そうだ、今日でいいよ」
「今日? それはさすがに尚早ではないか」
つられてそう返した時の君に風が及ぶかというほど激しく首を振ってゾズマもまた返してくる。
「善は急げって言うだろう。それに今日は時の記念日とか言うらしいよ」
「何だそれは」
「よく知らない。人間が勝手に決めたみたいだからね。でも名前からして君にぴったりだと思わないかい? よし、決めた。今日を君の誕生日にしよう。とりあえず、プレゼントは置いといてケーキを焼こう。誕生日祝いには欠かせないものみたいだからね」
ゾズマがそう言ったとたん、にわかに時の君の顔が険しくなる。
「ケーキ? 誰が作るんだ」
「決まってるだろう。僕が心を込めて作るのさ」
ゾズマは決まって、自分で物事を決めるくせに面倒なことは周りに押しつけようとする。そのとばっちりが今回は己に来るのではと一瞬危惧したが、そうでないことがわかって時の君も安堵の息を漏らす。だが、考えてみれば問題はそこではない。もっと重要で基本的な問題があることに気付き、今度は眉間に皺を寄せてみせると、さすがと言うべきか、即座にゾズマが反応した。
「……そんなに嫌そうな顔しなくてもいいだろ」
「嫌と言うより不信だな。お前、そんなもの作ったことあるのか」
「ケーキかい? あるわけないだろう」
不安は的中、その上あっさり言ってのけられ思わず頭を抱えた時の君に、容赦なく次の一言が襲いかかる。
「安心してよ。ケーキなんて、作り方がわかったらすぐにできるよ」
「……いや、だからと言って誰にでも作れる代物とは限らない――」
「大丈夫だって。アセルスだって作ったことがあるって言ってたんだ。僕に出来ないわけがないよ! それに前に聞いたけど、人間はケーキの作り方を本にしてるんだってさ。――本なら本屋にあるよね。僕、ちょっと拝借してくるから待ってて!」
一気にそこまで言うと、ゾズマは煙のように消えた。はっと気付いた時の君があたりを見渡しても、すでにその姿はどこにもない。ただ最後の一言がやたらと引っかかる。拝借、ということは本屋で『買う』というわけではなさそうだ。買うなら買うとはっきり言うはず。拝借なんて回りくどい言い方はするはずがない。そもそも本を売り物としている本屋で、借りることなどできるのだろうか。
そこまで考えて時の君はとんでもない答えに辿り着いてしまった。まさかと疑ってもみたが、あのゾズマならやりかねない。それに気付くと同時にさっと顔から血の気が引いた。
「ま、待て! 『拝借』はいかん!」
珍しく大慌てで時の君もまた外へと飛び出す。ただ一つ、シュライク辺りをさまよっているゾズマの妖気を目指して――。
唐突に決まった『誕生日』は今からすでに波乱の予感と不安に満ちている。
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