◆Joyeux Anniversaire!
(1/2ページ)


「ねえ、誕生日いつ?」

 いつも唐突にやってくるゾズマが唐突に質問をぶつけることなど珍しくもない。ただ、聞かれたその内容に対して時の君は目を丸くした。

「誕生日? 何だ、それは」
「読んで字の如くだろ。君が生まれた日さ」
「それならお前が知っているはずだ」

 愛想のない返事をすれば、ゾズマはふと首を傾げた。何のことか、まったく思い当たる節がないようだ。それもそのはず、彼ほど物忘れの激しい――時の君も含め一部の者によると、自分に関係のないことに関してはことさらそうである――妖魔も珍しい。昨日言ったことですらあっさり忘れ、共に動いていたアセルスと言った言わないの喧嘩を何度も繰り広げたことは記憶に新しい。そのくせ、他人が忘れてほしいと思っていることや、いったいどうしてそれが引っかかったのかと言いたくなるようなことを、何百年経っても覚えていたりする。

 そんな彼の中で、時の君と初めて出会った日付など、忘却の彼方に流れて久しいことだった。ファシナトゥールの黒騎士筆頭として名を馳せていた当時の彼にとっては、森の中で一人の下級妖魔が生まれたことなど、記憶に留めるほどでもない事柄だったのだ。それどころか、

「えっ、あの時、君生まれたばかりだったの?」

 そんな新しい質問を投げてくる始末。それならそうと言ってくれと言われても、時の君ですらまだ外の世界を見たことがない状況下で、不躾かつ突然の上級妖魔訪問を受け驚いているばかりだったので、そんなことを言う暇などあるはずがない。

「だいたい生まれた日が何だと言うのだ。そんなものはただ時の記憶にしか過ぎん」

 不思議なほど己に興味を持たない時の君からすれば、自分の誕生日など知ろうとも思わない事だった。それだけではない。誕生日を教えろと言ってきた当の本人でさえ、自分の誕生日を知らないのだ。妖魔にとっては誕生日などあってもなくても何ら困ることはない、その程度のもの。

「でも、君の誕生日が知りたいんだよ」
「しつこい」
「しつこくても言うね。誕生日教えてよ」

 ついにそっぽを向いた時の君の眼前へとまた移動して問いかける。そのしつこさと言ったら、時の君の中で間違いなくワースト1に入る。総じて他人と絡むことがない彼にも、身を案じてくれたり、暇だと誘いをかける者は多少いるにはいるが、ゾズマのようにこちらが拒否の姿勢を見せてもなお食い下がってくる輩はいない。逆を言えば、それほどまでに時の君に固執するのはゾズマただ一人ということになる。ただその固執が他者から見ても異常ではないかと思わせる時もあり、

「ねえ、嫌なら嫌って言った方がいいよ」

 と、共に旅をしたアセルスにまで心配される始末ではあるが。

 ゾズマに遠慮の二文字はない。己が知りたいと思えば、欲望の赴くままに、まっすぐに、そしてひたすらしつこく追求する。それが時に功を奏す場合もあるのだが、目下時の君相手には全戦全敗というある意味輝かしい記録を塗り替え続けている。しかもその時間たるや、数百年という途方もないものだ。そこまでしてもなおゾズマが絡んでくるのは、ひとえに相手に興味があるからであり、そして最重要ともいうべき――時の君本人が完全に拒絶しないからである。

 その証拠に今もまた、しつこいゾズマから顔を背けながらも、何か言おうという姿勢は見せない。

「まったく君も強情だね」

 ゾズマがそう言ってもちらりと視線を返すだけで、答えを出すわけでもなく、かと言ってどこかへ行けと追い払うわけでもない。

「そうだ。そしたら質問を変えよう」

 時の君の冷めた態度についにゾズマも手を上げ、そんなことを口にする。

「君が好きな日付はないの? それを誕生日にしよう」

 だが、内容自体はさほど変わっていなかった。何が何でも『時の君の誕生日』というものを決めておきたいらしい。何がそこまで彼にさせるのか。さすがに気になった時の君がようやく答える。

「その前に答えてもらいたい。私の誕生日がわかったからと言って何になる」

 自分でも興味のないことをそこまで知りたいと言うのだ。何か理由があってのことだと踏んで問いかけたものの、返ってきた答えは想像を絶するほど『下らない』ものだった。

「決まってるだろう。誕生日パーティーをするのさ」
「パーティー?」
「そう、パーティー」
「……誰とするんだ」
「もちろん、僕と君で。なあに、二人っきりでも楽しければいいのさ」

 聞いてもないことまで答えられ、時の君は答えに窮した。パーティーなど微塵も惹かれないものをゾズマと二人でする。それが損か得かで考えれば、断然損に傾く。普段まったくと言っていいほど損得を考えない時の君ですらそう思うほど、ゾズマが出してきた答えは理解しがたいものだった。

「そのパーティーとやらをやって何かあるのか」
「何かあるってなに? プレゼントが欲しいの?」

 それどころか逆に聞き返され、再び時の君は口を閉ざしてしまった。言われてみれば、何かを欲しているように聞こえる言葉だったか。いや、それはないはずだと打ち消し、彼が言った『プレゼント』という部分に着目する。

「パーティーとは、贈り物が必要なものなのか」

 そう尋ねて、初めてゾズマは首を傾げて考えてみせた。だが、時の君を納得させるような答えは導き出せなかったようだ。

「それが僕もよく知らないんだ。ただ、人間たちは誕生日パーティーをしてプレゼントを贈ってたよ」

 そこでようやく時の君は『誕生日パーティー』の正体を知ることになる。自分よりずっと広い世界を見てきているゾズマが、人間社会の中から見つけ出してきたものなのだと。だが、それにはそれで反論がある。

「確かに私たちには人間の知り合いもいる。――だが、何も人間の風習に合わせることはあるまい」

 人間は人間、妖魔は妖魔。生きるすべも時間も違う種族で、違いがあるのはおかしいことではない。逆に無理に合わせて歪が出来ることの方が時の君にとっては快くなかった。己の『今』を守りたい、変化をあまり好まないという、保守的な一面があるからだろうか。


[1] 次へ
[3] ゾズ時トップへ