◆The Tail Catchers
(4/-)
その時だった。店のドアが勢いよく開かれたのは。……もう少し丁寧に扱ってほしいものだ。入り口は店の顔だぞ。
「やったぜ、ルーファス!」
こちらを呼ぶ声と、レッドの悲鳴が聞こえたのは同時だった。そう、彼が会いたくないと何度も愚痴っていた張本人、ヒューズがいささか頬を紅潮させながら飛び込んできたのだ。おおかた発着場を移動する男を見つけたのだろう。見つけた時間等告げていたため、監視カメラをチェックするのにもそう手こずらなかったはずだ。そうすれば足取りを掴むこともできないわけではない。レッドの説を裏付ける可能性もあるし、他の事実が浮上することもある。
いや。それよりも、今この目の前の状況をどうにかしなければならない。
「レッド、お前こんなとこで何やってんだ」
一転して、ヒューズの声に凄味が加わる。
「何って、飯食いに……」
「ウソつけ! 飯作る奴まで座り込んでて、食いに来たもクソもあるか! ……お前、俺に何か隠してるな?」
「バッカじゃねーの! そ、そんなこと」
「あのなあ、ウソつく奴の顔なんかゴマンと見てきてんだ、俺は。そんなしょぼいウソで騙されるとでも思うか」
詰め寄られた時点で勝敗など明白だ。案の定レッドは突き通す気力もなくなったか、しどろもどろになってこちらを見てきた。そうなればヒューズの視線もこちらに向く。
「ルーファス、お前もなんか隠してるだろ」
「隠しているわけじゃない。言っていないだけだ」
屁理屈にも過ぎる言葉だが嘘ではない。事実、ヒューズもまだここに来た理由すら言っていないではないか。
「見当はついてるんだろ」
「まあな。おおかた、例の男のことだろう」
「例の男って。あのフードかぶった男?」
とっさにレッドが口を挟んだ。自身の推測がある以上やはり気になるらしい。しかし、それを黙って聞き逃すほどヒューズも馬鹿じゃない。すぐさま視線を戻し、
「おい、レッド。何だって?」
そう詰め寄る。そこで慌てて口を閉じてももう遅い。
「おいお前、知ってること洗いざらいしゃべってもらおうか」
「し、知ってること? 何のことだか」
「よう、何ならお前を重要参考人としてしょっ引いてもいいんだぜ」
それはやりすぎだ、と口を挟もうかと思ったが、するより先にレッドが折れた。ヒューズが時にとんでもない手段に出ることは短い付き合いでもすでにわかっているのだろう。不服そうな顔をちらりとは見せたが、それもすぐに何かを決意するものになった。
「……あのさ、ヒューズは黒いフードをかぶった怪しげな男を追ってるんだろ」
レッドがそう切り出すと同時に、ヒューズがじろりとこちらを睨む。
「なんだよルーファス。しゃべったのか」
「話してはいかんとは聞いていない」
いつものやり取りではあるが、レッドには戸惑いを与えたらしい。しばらく様子を伺った後、また少し下を向いたままぼそぼそと口を開く。
「その男っての……俺が見たやつかもしれないんだけど」
遠慮がちに告げられた言葉を聞いたとたん、ヒューズの目の色が変わった。半分は用心の、そしてもう半分は稀にしか見せない――と言うと本人は心外だと怒るかもしれないが――捜査官としての本能のようなものだ。
「レッド、俺はな。IRPOに入ったばかりの時に叩き込まれた。まず相手の発言を鵜呑みにするな、それから何でも直結させるな、じっくり考えろってことだ。――でもお前の話はめちゃくちゃ気になる」
「そ、そうか? そうだよな?」
「ああ。で、お前が見たってのはどんな男なんだ」
胸から手帳を取り出したヒューズを見てレッドも覚悟を決めたのだろう。己がシュライクで見たという男のことを話し出した――はいいが、少し情報が足りない。なるほど、このようなところでうまく誤魔化そうというわけか。言葉を選び、ブラッククロスのことは伏せたまま自分の見たままを喋る。もちろん、嘘は言っていないので責められることはない。
ヒューズもあらかたメモを取ると、今まで自分が得た情報と照らし合わせつつ、ふんと小さく鼻を鳴らした。
「なるほどな。確かに類似点は多い。こりゃ調べてみる価値ありってとこかな」
「そ、そうか。よかった」
「おう、協力ありがとな。……で、本題だ」
……残念。ここで引き下がるほどヒューズも甘くはなかったか。
「レッド、お前ここに何しにきた」
「だっ、だから」
「飯なんて嘘は通じないって言ったろ。ほら、素直に吐きゃ楽になる――」
「おっと。パトロールの領域はここまでだ。その先は、俺とクライアントの問題だからな」
レッドの目が泳ぎだしたのを確認して助け舟を出すと、ヒューズはやはりというか何と言うか、盛大なしかめ面をしてみせた。
「やっぱ、そういうウラがあるわけね」
「まあ、そういうことだ。おとなしく仕事に戻ってもらおうか」
こちら相手に署にしょっ引くだの何だのという脅しが通用しないのは、こいつ自身もよく知っている。さてそれならばどう出てくるかと見ていると、ヒューズは手帳をテーブルに投げ出した。続いて腕章、そして身分証明書を同じように。
「ルーファス、ここって金庫あるか」
「だったらどうした」
「そいつら、しばらく中に放り込んどいてくれよ」
「盗まれないという保障はないぞ」
「そんなヤワな金庫じゃないだろ。それに盗まれたら盗まれたでクビでも何でも食らってやる」
そんなやり取りにぽつりとレッドが問いかける。
「あのさあ……おっさんばっかで盛り上がってて、オレにはちんぷんかんぷんなんだけど」
その言葉に思わず噴出してしまった。ヒューズも同様、くつくつと喉の奥で笑いをかみ殺している。
「そりゃお前、こいつはロスターとして興味が湧いたってことだ。――まったく、俺はまっとうな捜査官だったってのに。妙な冒険癖がついたのはお前のせいだからな」
肩を叩かれてようやくレッドも合点がいったらしい。満面の笑みを浮かべると、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。
「よーし、じゃあさっそく出発だ!」
レッドが突き出した拳に、同じように拳を当てると妙な高揚感が湧いてきた。妙な冒険癖とやらをうつされたのは、どうやらヒューズだけではなかったらしい。
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