◆The Tail Catchers
(3/-)
ならばその間こちらは吉報を待つのみ、下ごしらえでもしようと席を立った俺を呼び止める声があった。どこかで聞いたことのあるような、少し幼さの混じった声だ。
「……お前は」
「久しぶりっ。その……ヒューズはもう来ないよな」
店先を見張っていたのか、未だに外をうかがっては不安げな顔をする、それこそまさに半年ほど前、仇に手を貸してくれと声をかけてきたシュライクの少年、レッドだった。
「あいつなら今からシップ発着場だ。何だ、顔を合わせるのはそんなにまずいことか」
俺からすれば、この二人は何だかんだと言いながらも相当信頼し合う間柄だったはず。しかし今は隠しておきたいことがあるのだろう。こちらの言葉に肯定を返してきた頷き方を見ればわかる。
「だってさあ、ヒューズに言ったら絶対怒るから」
「そんな怒られるようなことなのか」
「うーん。……まあね。あのさ、グラディウスの力をもう一度貸してもらいたいんだ」
昨日今日と妙に客が多い、と頭の隅に浮かぶ。昨日はあの男、そして今日はこの少年。便利屋をやっているつもりは毛頭ないのだが、どうも最近そのように見られているという可能性は否めない。
「とにかく話を聞こう。何か飲むか」
「じゃっ、コーラ!」
「そんなものはない」
きっぱりと断り、代わりにアイスコーヒーを出してやると、息をつく間もなくグラスを空にして二杯目を催促する。何やらあちこちと寄ってきてひどく喉が渇いているらしい。
「シンロウに行ってそこから京に行って……もうくたくただよ」
「それで果てはクーロンか。お前、仕事しているんじゃなかったのか」
「大丈夫。今日と明日は休みだから。それよりさ、手を貸してもらいたいって話」
そこでいったん言葉を切り、レッドは辺りをきょろきょろと見渡した。まだヒューズを警戒しているのか、それとも別の何かか。
「皆いろいろと用が多くてな。ここには今、お前と俺の二人しかいない」
「そっか……なら安心だ。あのさ、これはオレの想像なんだけど――ブラッククロスはまだなくなってないかもしれないんだ」
ブラッククロス? 例の集団か。レッドの仇討ちに付き合って結果、組織を瓦解させることになったが、すでにけじめのついたものだとばかり思っていたが。
「いったいどんな確証があるんだ」
「うーん、証拠ってわけじゃないから想像なんだけどさ。三日前なんだけど、仕事の帰りに怪しいやつを見たんだ。こう、まっ黒のフードかぶっててさ。シュライクじゃ、そんな格好してるやつなんていないから気になって見てたらさ、路地にすっと入ってったんだよ。それだけで怪しいだろ? しかもそいつ、そこで待ってたやつに小さな紙袋を渡してたんだよ。あれは絶対麻薬だ。まず受け取ったやつの顔がもうヤバかった」
「それは早合点に過ぎる。万が一お前の予想が当たっていたとしても、なぜその時点で通報しなかった」
「ピンときたんだよ、ブラッククロスなんじゃないかって。あいつら、同じ方法で資金稼ぎしてたし。だから」
「だからじゃないだろう。そもそもお前の仇討ちはもう終わったはずだ。いつまでもそんなことに首を突っ込んでいないで――」
いかん。我ながら説教くさくなってしまった。俺もそれなりの歳ということか。だが、ただ勘だけで動いては後でとんでもないことになる。それは俺が実際体験してきたのだから間違いはない。ましてやレッドは特に何の後ろ盾もない一般人だ。そのようなことに関わって火の粉が降りかかってきた時、いったいどうするというのか。
「それは……でもさ、あいつらが一人でも残っていると思うと、それだけで悔しいんだ。父さんに顔向けできないんだよ」
「その気持ちはわかるが、お前が噛むには少々危ないと言っているんだ」
「だからここに来たんだろ?」
先ほどとは一転、うまくやったと言わんばかりの小ずる賢い顔に、こういうところばかり頭の回る奴だとため息が漏れる。だが、そう思いながらもすでに断るつもりはなかった。レッドの見た男というのも気にかかる。風貌、そして行動がこちらが探している者と一致する。それだけで決めるのも何だが、少しでも可能性があるのなら賭けてみた方がいい。――もし違っていたのなら、その時点ですぐに別の方法を考えればいいだけの話だ。
「よし、交渉成立だ」
「ほんとか?」
「ああ。実はそいつと似たような男を俺たちも追っている。だがな、それはパトロールの連中も同じだ」
それを聞いたとたん、レッドの顔が歪んだ。ヒューズと鉢合わせる可能性がすぐに浮かんだらしい。
「バレたらやっぱり怒られるかな」
「それだけお前を心配しているということだ。あいつは言葉より先に手が出る性質(たち)だから、少々痛い思いはすると思うがな。――それより、男のことだ。こちらが掴んだのはクーロンでちこちうろついた後、シップ発着場から出て行った『らしい』というだけだが」
「俺はあいつの動き自体は知らないんだ。その代わり、いそうな場所は見てきた。――やっぱりいなかったけど」
先ほど言っていたシンロウと京のことか。
「そうそう。どっちも元々ブラッククロスの基地があったとこなんだ。特に京は麻薬製造もやってたから念入りに見て回ったんだけど、どっちも収穫なし。マンハッタンのキャンベルビルはもう人手に渡ってるし、オレの知ってる限りで可能性がありそうなのってもうここくらいしか残ってないんだ」
確かに裏通りにはシュウザーという男の基地があった。しかし元から廃屋で、住み着いていた奴らを追い出して使っていたとの通り、再び無人となった今はまた彼らが戻ってきていると聞いている。そんなところにわざわざ――いや、待てよ。その日一日暮らす金にも困っている奴らのことだ。目の前に金をちらつかせられた場合、食いつかない方がおかしい。ちょっと積めば、危険な仕事などいくらでもやるだろう。
「なるほど。相手の目的はわからんが、そこにいる可能性はある」
「だったら早く行こうぜ! そいつをとっちめて――」
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