◆The End of Memorable Winter
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「して、その男と人間は何者だ」

 玉座に座った男が美しい顔を歪めた。それに対し、先ほどまであれだけ高圧的だった男は、今や頭を垂れ上目遣いに自分の主を見つめるのみ。

「それが勝手に――」

 口を開いた男を遮ったものがあった。馬鹿でかいヒューズの声だ。

「そりゃ俺が説明してやるよ! こいつはなあ……」
「貴様! オルロワージュ様に対して何と言う口の聞き方を!」

 思わず立ち上がった男だったが、「黙れ、セアト」の一言ですぐさま元の姿勢に戻る。……ふっ。いい気味だ。

 頬が弛むのを必死で抑えながら、玉座に座る妖魔を見やる。妖魔ならば知らぬ者はいない、魅惑の君オルロワージュ公だ。やはり、私のにらんだ通り、このセアトとかいう男は針の城の妖魔だったのだ。

「そこの男と人間。お前たちは何をしにきた」

 その問いに、これだけ強大な妖気をものともしないヒューズがすっと胸を張る。

「俺はIRPO本部特別捜査課のロスターだ。この妖魔は相棒のサイレンス。この白髪男を銃砲刀剣類所持等取締法違反で逮捕しにきた。ああ、ついでに逮捕する時に暴れたから公務執行妨害ってのも適応される」
「IRPOといえば、人間のリージョンのものだと記憶しているが……何ゆえだ」
「だから! こいつがうろついていたシュライクでは、ばかでかい剣を持ち歩いちゃいけないって法律があるんだよ。ついでに、逮捕しようとしたら剣で切りかかってきたから、俺たちの仕事の邪魔をしたっていうんで逮捕するって言ってんだよ!」

 ああ、そんな言い方をして! 殺されるぞ、馬鹿!

 慌ててヒューズの口を塞ぐも時すでに遅し、魅惑の君の冷たい視線が注がれた。あの男なんて比じゃない。この私でも少しヤバいな、と思えるほど冷たくてきつい視線だ。

 ――だが、不思議なことに彼は何もしなかった。ムスペルニブルの君主だったら、黙って命を奪いそうなものを、彼は興味もないといった風に視線を外し、こう言った。

「口の聞き方が気に食わぬが……まあ、よい。人間などにそんな芸当もできまい。それより――」

 また叫び出しそうになったヒューズの口を押さえたまま次の言葉を待つ。すると、魅惑の君は頭を垂れたままの男へと視線を向けて。

「セアトよ。貴様は零を取り逃がしたばかりか、余が直々に与えてやった剣まで放り出しておめおめと逃げてきたというではないか」
「し、しかしそれは……」
「貴様の言い訳など聞く耳持たぬ。――そこの人間。この男、好きにしてよいぞ」
「ええッ? マジ!?」

 マジなのか!? ……って思わずヒューズの口調が移ってしまったではないか。

「うむ。このような男、もはや余が罰を下してやるまでもない。勝手に連れて行け」

 この魅惑の君。意外と話のわかる男なのだな。……いや、きっとさっきヒューズが言ったことの半分も理解してなさそうだが。面倒くさいんだろうな。うん、そういうことにしておこう。

「でもいきなり返せって言われたってそうそう返すわけにはいかないぜ?」

 確かに、このセアトという男、剣の腕も立ち、こうして魅惑の君に謁見を許されるほどなのだから、よほど重要なポストにいると思われるのだが……。

 しかし、そんな私たちの疑問も魅惑の君の一言で吹き飛ばされた。

「構わぬ。こんな男の一人や二人いなかったところで何ともない」

 今の今まで私は、この男に好意的な感情など欠片もなかったのだが、この時ばかりは少しだけ同情してやりたくなった。なんせ、彼の顔はほぼ無表情で、ちらりと伺えたのは、絶望とショックが入り混じったような、思わずそっと肩を叩いてやりたくなるような表情だったからだ。

「さあ、さっさと行くがよい。人間くさくて敵わん」

 それだけ言って魅惑の君はしっしっと手を払った。その言葉に甘えて、私はヒューズの腕を掴んでその場をとっとと離れた。もちろん、ヒューズは例の見放されたばかりの男を引きずっている。

 歩いてその場を離れ、扉の外に出たところで嘘くさい笑顔を浮かべた男が仏頂面をした根暗そうな男と二人で待ち構えていた。

「ふん。いい様だな」

 根暗そうな男がそう口の端を歪めて笑うと、今度は笑顔の男がもぬけの殻になったセアトとかいう男を軽く突付いた。

「これを機に、人間のリージョンで人間にまみれてお勉強してきてはいかがかな?」

 そう言って愉快そうにくすくすと笑う。笑顔が嘘くさいと感じたのは正しかったようだ。

 だが、かわいそうなことに、この男はもはやそんな嫌味にすら答える気力はないらしく、ちらりとそちらにうつろな視線を移しただけだった。

「……なんだ、つまらないな。行こうか、イルドゥン」
「ああ」

 言うなり二人はさっさと消えてしまった。何と言うか……この男、かなり嫌われているんだな。どんどんかわいそうになってきた。

 結局、ファシナトゥールまでシップを呼び寄せ、IRPOに向かう途中も男は一言もしゃべらず、抵抗もせず、ただ上の空のままお持ち帰りされることとなったのだ――。

* * *

 ……懐かしいな。

 そういえばあの後、結局男は隙を見て逃げ出し行方知れず。少し騒ぎになったこともあったが、さほど大きな事件でもなかったので始末書の一つで片付けられたんだった。もうそれっきり会うこともないと思っていたが、まさか再び生死をかけて戦うことになるとは。

 そう言えば、とんでもない野心家になっていたな。半妖の血を吸って主君に挑むとか何とか……その気持ちわからないでもない。きっと魅惑の君のあの一言が効いたんだろうな。かわいそうに、よほどショックだったんだろう。そう考えると、あの時の彼の顔が浮かんできて、思わず笑い出しそうになった。

「お、珍しいな。お前が笑ってるなんて」

 書類整理の終わったヒューズがタバコをくわえたままそう言った。

「何だ? エッチな想像でもしてたのか?」

 まさか、お前じゃあるまいし。ニヤニヤと嬉しそうに笑う目の前の男は無視してふと窓の外へ目を向ける。

 冷たい風に吹かれて、梅の小さな蕾が折れそうなほど細い枝にしがみついていた。春が来るのもそう遠くはない――。


|| THE END ||

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