◆The Mystery of "Madam Lament"
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翌日はヒューズが非番だった。どうやら私と同じような一日を過ごしたようで、夕方に会った時には同じことを口走り、肩をすくめてみせた彼に何か収穫があったのかと問うとそっけない答えが返ってきた。
「あったらこんな顔してねえよ」そしてただ、と一言置いて。「ちょっと別の方向からも攻めてみるのもいいかな、とは思うんだ」
別の方向とは? どうやらヒューズはグザヴィエ夫人のアリバイ云々ではなく、死んだ夫たちが『殺された』ということを立証しようと考えているらしい。確かにそっちの方がまだ捜査もしやすい。夫たちが殺されたという証拠を手に入れれば、それだけ事件の真相に近づくことが出来る。
「そもそも、彼らの死に方は殺人だと置き換えてもおかしくない死に方ばかりだ。一人目は、まあ自殺という線が濃厚だが、あれだって自殺に見せかけて銃殺する方法はある。二人目や三人目なんて、殺人の常套手段だ。事故に見せかけた殺人なんて、お前だって珍しがるほどのこともないだろう?」
実際、IRPOに入ってからそのような事例はたくさん見てきた。
「一番怪しいのは、やはりマスコミも食いついた三番目の夫だな。崖から車ごと転落死を装うなんてブレーキ緩めときゃ誰にでもできる。そう、女の力でもな。そうすれば、二番目の夫も怪しいってことだ。おい、サイレンス。お前、二番目の夫の報告書見たか?」
ああ、見た。階段から足を踏み外し落ちたという奴だ。資料によれば、事故当時彼は右足を骨折していて、家の中では通常松葉杖を使わず、片足で歩くというような状態で移動していたという。そんな方法で階段を昇れば、踏み外すのもおかしくはない。
「それだってさ、上からちょんと押せば簡単に突き落とすことができる。これまたグザヴィエ夫人ほどの細腕でも大丈夫だってわけさ」
しかし、一度はIRPOが事故死だと判断したものだ。再び殺人だという判断を下すのは至極困難だと言える。だが、何もしないよりはずっといい。
「そうと決まれば即実行だ。ありがたいことにだな――」
そう言ってヒューズはかばんの中から一枚の紙を取り出した。家の間取りが書いてあるこれは。
「誰も死人の出た家にはなかなか住みたがらないってな。二番目の夫と住んでたシュライクの家の間取りだよ。有難いことにまだ絶賛売り出し中だ」
それならなるべく急いだ方がいい。少しは証拠が残っているうちに何とかしなければ。
「見張りはゾズマとリュートに任せて俺たちは明日、こっちを探りに行こうぜ」
その言葉に隣のゾズマを見やると仕方がないといった表情が見てとれた。彼もそろそろ退屈しているだろうによく付き合ってくれるものだ。
「よし。じゃあ明日ここに来るからまあ、それまでは辛抱してくれよ。じゃーなっ!」
来た時よりも幾分軽い足取りでヒューズはリュートの家へと消えていった。それを合図にまたグザヴィエ夫人の家を見張る仕事についた私たちも、何も起こることのないままもう何十度目かになる朝を迎えた。いったいいつまでこの状況が続くのか。何か少しでも動きがあれば変わってくるのではないだろうか。いや、何か一つでもいいから今は手がかりを見つけ、もやがかかっている部分を取り払わなければいけない。
そんな決意を胸に私はヒューズと共にシュライクへと出かけた。業者につれられて着いた先には、ヨークランドのあの家とは違う見事な家が建っていて、まさか家を間違えているのではないかと考えたが、どうやらこの家はグザヴィエ夫人でなく、当時の夫が持っていた家らしい。
「金はあるとこにはあるってねえ」
まさしくその通り。そういえば、グザヴィエ夫人と結婚した三番目の夫も海産方面で成功した人間ではなかったか。
「金持ちの男と次々に結婚して、それが次々に死んで……そりゃ、莫大な遺産や保険金も転がり込んでたまらないよなあ」
それに比べれば、今の生活はえらく質素なものに思えるが、それもヒューズによれば彼女が金をあまり使おうとしないたちなのだろうということだった。夫の金に頼り、自分の金はあくまで自分自身のために使うたちのなのだと言われれば今の生活も納得できる気がする。今は夫婦揃って仕事をしている風ではないのが多少不思議ではあるが。
玄関を入ると、正面左側に、向かって右側を壁に囲まれ、その上に金色の手すりがついた階段が、ゆるやかなカーブを描きながら二階へと続くのが見えた。その階段に沿う左側の壁と大きな玄関ホールの反対側の壁にはところどころ色の違う場所がある。
「絵でも飾ってたのかな」
「ええ、そうです。よくお気づきになられましたね」
不動産業者が満面の笑みで、そうヒューズに答えた。
「こちらに飾られていた絵画はすべて亡くなられた方の持ち物でしてね。亡くなった時に財産処分として奥様が持っていかれたらしいのですが……いやいや、この家にあったものだけでも百万クレジットは下らないと言いますから、相当なものですよ。私が聞いた限りでは、著名な画家のものもいくつかあったとか」
百万クレジットとはこれまた想像もできないようなものだな。私からすればただの絵だが、人間からすればきっとそれだけの価値があるものだと思うんだろう。
そんなことを考えながら、ふと階段に目をやった。落ち着いた緑のマットが中心を通るその階段で二番目の夫は死んだという。もう三年も前の話だ。だが、それにしてはどこにも擦り切れた後がない。何と言うか、人が暮らしていたという痕跡がまったく感じられないのだ。
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