◆The Mystery of "Madam Lament"
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 占い師に別れを告げ表で待っていると、しばらくしてグザヴィエ夫人の姿も見えた。先ほどよりも幾分晴れ晴れとした顔をしている。何かいいことでも言われたのか。私の仕事運は散々たるもの、お先真っ暗だと言われたせいか、少々羨ましい気分になってくる……いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 再びグザヴィエ夫人を尾行したが、結局彼女はそのままヨークランドへと戻ってきた。私も元いた場所に転移をして、再び彼女の動向を見張ることにしたが、その場にゾズマの姿は見えなかった。おそらく、夫の方も外出しているのだろう。

 それから二時間ほどしてアラン・グザヴィエが戻ってきた。それと同時にゾズマもここに転移をしてきた。

「どうやら、昨日僕たちが見たのは彼の日課だったみたいだよ」

 アラン・グザヴィエはどうやら今日もあの山道をせっせと登っていったという。やがて頂上の焼け落ちた教会でのんびりと過ごした後、またここへと戻ってきたというわけだ。頂上の教会とやらは知らなかったが、ゾズマの話を聞いて合点がいった。エミリアと聞いてまさかあのエミリアと思っていたら、やはりレンの妻であるあのエミリアという女性が、レンを殺したとされる相手を追って乗り込んだらしい。レンから話を聞いて、なんてたくましい女だとつくづく思ったものだが、詳細を聞いてさらにそれが強くなった。レンもとんでもない女性と結婚したものだ。

 ただ、ゾズマから聞いた中で一つだけ疑問に思うことがあった。アラン・グザヴィエは帰りがけに沼地に寄ったというのだ。あそこはヨークランドでも危険地帯として、トリニティが立ち入り禁止区域に指定している。もちろん、秘術の資質を得ようという者はその対象外となるわけだが、資質を求めているわけでもなさそうな彼が、あの沼地に何の用事があるのだろう。むしろ身の危険に晒されるような場所にわざわざ出向くだろうか。それとも、あそこが危険地帯だと知らないのか。その辺をヒューズたちに探ってもらわなければ。

「まあ、彼も入り口の辺りにいただけだけどね。石なんか放り込んでさ、モンスターが飛び出してきたらどうするんだろうね」

 それは確かに危ないな。やはり危険地帯だと知らないのか。このままではグザヴィエ夫人よりも前にモンスターに殺されるかもしれない。

 そんな不安を抱えながらも一日は終わり、私は本日の報告をすべく沼地へと向かった。見張りの場所には私の代わりにリュートがいる。ゾズマもリュートのことなら知っているというので任せてみたが、果たしてあの調子のよい二人に任せてよかったものだろうか、と不安が湧いてくる。

「よう。お疲れさん」

 暗がりの中ヒューズが手を振った。私がその場に到着すると同時に懐中電灯の明かりを小さくし、相手の顔が見える程度の明るさの中一応の報告を済ます。その中でも新しい発見はあった。どうやらイレーヌ・グザヴィエが訪れた占い師は彼女と相当懇意にしているらしく、彼女もまたあの占い師の話をよく村の人間にしているそうだ。何でも、自分の一番信頼の置ける人だ、と。私が会った占い師から聞いた『上得意』というのも嘘ではなかったらしい。

 ヒューズが村の人間から聞き出した情報も、私が得た情報と一致している部分があった。彼女はほぼ一ヶ月に一度の割合であの占い師の元を訪れ、色んなことを占っているらしい。

「こないだなんて、家にいて妙な視線を感じるって相談してたらしいぜ。村の奴らも幽霊じゃないかとか言ってたけど、そりゃ何人も殺してりゃ一人くらい化けて出てもおかしくないよなあ」

 笑い事じゃあないけどな、とヒューズは付け足した。確かに笑い事では済まされない。

 私は私で、ゾズマの報告も含めてヒューズに注意を呼びかけてみた。もちろん夫のことだ。ヒューズもそればかりは気になるらしく、明日さっそく調べてみるということで話は決まり、ヒューズはリュートの家へ、そして私は見張り場所へと戻った。

* * *

 それからというもの、たまに交代で家に戻りながらも見張りを続ける日々が一ヵ月半もの間続いた。課長の計らいか、その他の事件は一切持ち込まれず、私とヒューズはこの事件に専念することができたが、それはそれでまた疲れることに変わりはない。何も動きがないことは良いことといえばそうなのだが、私たちもいつまでもこの事件にかかりきりでいるわけにもいかず、自然とイライラとしてくる時もある。何か動きがあれば一気に動けるのにと考えながらも、その日、久しぶりに戻った自室のベッドで、私はつかの間の平和を味わった。

 翌日、夫妻の見張りをゾズマとヒューズに任せたまま、私は一人本部へと向かった。以前の捜査資料にもう一度目を通し、何でもいいから手がかりが欲しい。その一心で資料室に向かったが、目にするものは大して目新しいものでもなく、がっかりとしたまま一枚、また一枚とページをめくっていく。

 一人目の夫は自殺、二人目と三人目は事故死。そしてそのどれでも彼女のアリバイは証明されていた。続けて関与している人物もいない。彼女のアリバイを証明したのは、立ち寄った先の店員であったり、買い物の領収書であったり、友人であったりとバラバラだ。夫たちの死体検案書と検死報告書を見ても穴は見つからない。むしろ、IRPOがあらぬ疑いを彼女にかけているのかもしれないと疑ってしまうほどだ。

 一人目の夫は拳銃自殺。二人目の夫は、家の階段から落ちた際、脳挫傷を起こし死亡。三人目は車の運転中、誤って崖から転落して失血死。一人目の夫の自殺原因にIRPOは特に注目していたが、ちょうどその頃、一人目の夫は浮気をしており、相手と夫人の間で思い悩んだ末自殺したのだろうということになった。そんなことで人間は死のうと思うのかと言った私に、特捜課の人間たちはあながちあり得ない話ではない、と答えた。どうも人間はよくわからない。

 結局、何も得るもののないまま、私は本部からヨークランドへと移動した。見張りをしていたヒューズと交代し、その場に落ち着いた頃、夫妻の家の明かりが消えた。午後九時過ぎ。今日も何もないまま一日が終わった。

「まったく、単調で飽きることこの上ないね」

 木から降りたゾズマがあくびを交えてそう言った。「あんな生活をして一生を終えるなんてぞっとするよ」

 確かに彼女たちの暮らしは単調だ。朝起きて庭をいじったり、散歩に出かけて夜になれば眠りにつく。他所へ出かけることもあまりなく、この村で一日を過ごす。だが大部分の人間が、生まれてから死ぬまでほとんど生活のリズムを変えずに一生を過ごすことを思えば、それも別におかしいことではない。

「ああやって、何もしないまま短い命を終えてしまう。人間って本当に何のために生きてるんだろうね」

 だが、とその意見に私は反論を唱えた。人の一生は短いが、それゆえに皆、日々の単調な生活の中に小さな発見をしながら生きている。何気ない日常に隠れたものをその目で見つめ続け、己の蓄積してきたことを子孫へと託し、やがて永遠の眠りへとつく。その中には受け継がれなかったものもあれば、受け継がれてなお気付かれず、過ちを繰り返しその後に気付くものもある。それでも人間は、常に己の生を見つめながら生きている。妖魔でそのような生を送る者はほとんどないに等しいが、言い換えれば、人間のように短い時間を生きる種族だからこそ、その集中力が持続するのではないのだろうか。

 それに対し返ってきたのは、ふっと吐き出すような笑い声だった。人間が何を見つめているのか自分には一生わからないだろう、とゾズマは言う。私もそうだ。おそらく一生わからぬまま、いつか消滅の時を迎えるのだろう。

 それでも、消滅のその瞬間まで人間たちの己を見つめ生きる姿を見続けていたいのだと、寝静まった村の家々を見ながら改めて思った。


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