◆The Mystery of "Madam Lament"
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 その晩、私とゾズマは眠らぬまま今後のことについて話し合った。そういうと聞こえはいいものだが、実質は詳細のわかっていない彼にこの事件について詳しく聞かせることがほとんどを占める。資料を見せるのが手っ取り早いのだが、いかんせん、彼はIRPOのこともはっきりと把握してないばかりか、専門的な用語についてはもちろん知るわけもない。見せたところで質問攻めにあうのはわかりきったことなので、私自ら根絶丁寧に説明してやることで何とか理解してもらうことができた。

 だが、これが彼の特色なのか、私自身でも驚くほど彼の飲み込みは早い。一を聞いて十を知るタイプなのだ。

「それくらいできなきゃ、あのお方の下なんて務まらないよ」

 その言葉が説得力に溢れていて思わず苦笑してしまったが、おかげで何の心配もなく捜査を始める準備ができた。基本的な担当としては、私がグザヴィエ夫人、ゾズマがアラン・グザヴィエだが、もちろんそれは必要に応じて代わったりもする。ヒューズたちが情報収集を請け負ってくれているおかげで、こちらも尾行に専念できるのは有難い。

「報告は毎日午後九時。場所は沼地の入り口だね」

 最終確認を聞いてそうだと頷いたところで、ふと疑問が浮かんだ。ゾズマは時計を持っているんだろうか。

「時計? そんなもの持ってるわけないじゃないか」

 この男は本当に、一言で相手を脱力させるのが得意だな。だが残念なことに私も時計のスペアは持っていない。ヒューズもおそらく自分の物しか持っていないだろうし、リュートはあまり持っていそうな雰囲気はない。それより、朝からの行動でリュートと会えるかどうかもわからない。はて困ったと考え込んだところで、ゾズマがちょっと出かけてくるなどと言い出した。どこに行くのかと問えば、心当たりがあるので当たってみると言うので、なるべく早く戻ってくるようにと伝えて彼を見送った。きっと知り合いの人間でもいるのだろう。

 それから数十分の後に彼は戻ってきた。見れば、ベルトに何とも古めかしい懐中時計を絡めている。別に問いもしなかったが、金メッキがはがれるほど使い込まれた真鍮の飾りも何もついていないシンプルなものであるにしろ、その年代だけでも値打ちのありそうな一品だ。

「大丈夫。ちゃんと動くってさ」

 しゃらりと鎖を鳴らしてみせた彼にもう一度確認をしてから、私たちは山を降りた。幾つかの村の側を通り過ぎ、グザヴィエ夫妻の家の近くまで来た頃には日の出も近く、村のあちこちで飼われているニワトリが高らかに夜明けを告げていた。リュートの話によると、夫妻の朝はなかなか早いという。村でも早い方に入ると彼は言うのだが、いったいなぜ、そんなに朝早くから起きているのだろうか。

 夫妻の家を正面から見られる場所にあった木の上に隠れ、私たちは夫妻の行動を見張ることにした。見たところ裏口はない。だとすれば、彼らが表に出てくる時は今見えている正面玄関を使うという可能性が高い。

 そうこうしているうちに家の中に人影が見えた。あの雰囲気からしておそらくイレーヌ・グザヴィエだろう。家の中をせわしく動き回っているのは、朝食の用意か何かをしているのか。だが、それを見ていたゾズマがふと疑問を漏らした。

「あの人間は自分で料理を作るのかい?」

 たいていはそうだろうと視線を投げると、彼はさも不満と言った顔をした。

「だってさ、僕が知っている限り、人間の金持ちっていうのは自分で料理を作ってなかったよ。ああいった仕事は小間使いがやるもんだと思っていたけどね」

 だいたい、あんなこじんまりとした家に住んでいるのもおかしい、と彼は言う。確かに言われてみればそうだが、それは個人の勝手というものだろう。

「そうかい。僕が人間の金持ちだったとしたら、あの家に住むけどね」

 言って彼が指差したのは村一番の豪邸だった。確か、富豪が住んでいたが夜逃げしたとか何とか。リュート曰く、あそこには幽霊がいて、それに耐え切れなくなって富豪一家は夜逃げしたらしい。私は幽霊なんてものは見たこともないので信じていないが、人間にとっては気味悪く思うのだろう。一年近く経った今でも買い手がつかないようで、ひっそりと静まり返ったままだ。もったいないとしか言いようがない。私なら住んでみたいがな。ゆっくり羽を広げられる空間が欲しい。

「君はよほど狭苦しい空間にいるんだね」

 いやいや、しかし。あれでもIRPOの住居としては優遇されている方なのだぞ。部屋は一つしかないが、何より本部から歩いて十分だ。色々と不満もないわけではないが、言えばもっと不便なところに移らされそうなのであえて言わない。

 ゾズマこそ今は放浪をしているが、ファシナトゥールにいた頃は馬鹿でかい屋敷に住んでいたと聞いた。もちろん魅惑の君から与えられたものだろうが、それに比べれば今の生活には不満があるのではないだろうか。

 そう問いかけるとゾズマはしれっと「今はこの世界自体が僕の家なのさ」と返してきた。そうか。それはまたスケールのでかい話だな。聞いた私が馬鹿だった。

 そんな雑談をしながらグザヴィエ夫妻の家を見張り続けてどれほど経っただろうか。ふいに正面のドアが開いてグザヴィエ夫人が出てきた。日傘を携えてどこかへ出かける気らしい。後は任せろというゾズマに見送られ、私も行動を開始した。

 村を抜けてシップ発着場へ。ヨークランド発のシップはクーロン直行便のみだから、先回りも楽でいい。案の定、転移でクーロンへと回り発着場で待っていると、数少ないヨークランドからの乗客の中にグザヴィエ夫人を見つけた。ここから先は同乗するしかない。幸い、彼女が向かったのはドゥヴァン経由シュライク行きのゲートだったので行き先は二つに絞られた。シュライク行きの切符を握り締め、彼女の後をひっそり追う。シュライクといえば、彼女が二番目の夫と住んでいたリージョンだ。あそこに何かあるのかもしれない。

 しかし、私の予想に反して彼女が降り立ったのはドゥヴァンだった。だめだ。何が目的なのかさっぱりわからない。殺人者が神頼みでもするというのだろうか。今回の策もうまく行くようにとの願掛けか。

 ドゥヴァンのあの占いの館が立ち並ぶ中から一つを選び出して彼女は入っていった。追って中に入ってようやく、そこが何人かの占い師で共同経営されているところだと気付く。薄い間仕切りを挟んで何人もの占い師がそれぞれの道具を広げる中、一番奥に彼女が入ったのを見て、私もその隣へと飛び込む。

「いらっしゃいませ」

 丁寧に頭を下げた占い師にそしらぬ顔で彼女のことを切り出してみると、こちらが呆れるほど積極的に情報を提供してくれた。信用の置けない者だと思いながらもありがたくその情報を聞き出して、適当に占いを受ける。耳をそばだてていると、グザヴィエ夫人の入ったブースからは途切れ途切れに会話が聞こえてきた。残念ながら目の前の占い師の声にかき消されて何を話しているのかまでは理解できなかったが。


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