◆The Mystery of "Madam Lament"
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ある日、イレーヌがいつものように相談にやってきました。どうも最近主人の機嫌が悪い。私にも何かできることはないか、と。ですから私は彼女に、少しでもご主人が落ち着ける環境を作っておあげなさい、と言ったのです。ちょうどその頃ご主人は旅行に行きたいとおっしゃっていて、それなら私が行き先を決めてあげようと、イレーヌは喜んで帰っていきました。それがひどく幸せそうでしたので、その晩、アランが帰ってきた時にその話をしたのです。いつもは無関心なアランがその日に限ってやたら詳細を聞いてきました。しかし、まさかそれが殺人に繋がるなどとは思いもよらず、翌日も仕事をして帰宅しましたらイレーヌから電話が入っておりました。慌てて家に行き、家政婦さんからご主人が亡くなられたこと、そしてイレーヌがIRPOに連行されたことを知り、その足で地元の警察へと向かいました。ちょうど取り調べも終わり、イレーヌが署を出ようというところで会ったので、そのまま私の家に連れて帰り、詳しい話を聞きました。
その日、ちょうどご主人はお休みで、しかし少し仕事が残っていると言って、イレーヌを街まで送った後、一度ご自宅に戻られたそうです。旅行の話もほどよくまとまり、イレーヌが電話をすると、すぐに迎えに行くからと言われ家を出られたそうなのですが、それっきり……。そこで私は直感しました。絶対にアランが何かをしたのだ、と。以前にとんでもないことをした人です。今回とて、何もないはずがない。そう考えて彼を問い詰めようと思ったのですが、その日の朝家を出たきり、アランが私の元に帰ってくることはありませんでした。
今度こそ、と私は必死になってイレーヌの二番目のご主人が殺されたという証拠を探し、あちこちを走り回りました。相手が酔った時に話したこと、ましてや新聞などで大々的に事故死と書かれておりましたので、彼がご主人を殺したという確固たる証拠がない限りは、IRPOも私の話に耳を傾けてはくれないだろう、と思ってのことでした。しかし、一度プロの方が事故死と断定されたもの、私のような一般人に証拠を見つけるということは、広い砂浜で小さなダイヤモンドを探せと言われた方がうんと簡単だと思われるようなことでした。ちょうどそんな時です。イレーヌがアランと結婚した、という話を持ってきたのは。
イレーヌは、私とアランはあくまで友人同士だと思っておりましたから、同じ友人への知らせとしてそれを持ってきてくれたのでしょう。しかし私にとってはとんでもないことでした。アランははっきりと、イレーヌのご主人を殺したと言ったのです。そして、次のご主人も事故で亡くなり、今やイレーヌの手元には想像もつかないほどの大金があります。それをもしアランが狙っているのだとすれば、ただ結婚をしただけでは満足していないことくらい、私にだってわかります。間違いなく、アランはイレーヌをも殺すつもりだと思いました。それだけはさせまい、と、イレーヌと接する傍ら、アランの一日の行動を詳しく聞きだし、今日を選んでヨークランドへと向かったのです。
アランは私だとわかったとたん、犯行をぺらぺらと話し始めました。そして言ったのです。二番目のご主人を殺したことはもちろん、三番目のご主人を殺したことも認めました。一部始終はここに――」
そう言って彼女は服の中から小さなレコーダーを取り出した。
「ここに全てアランの言葉として収まっております。私が彼の言うことを録音しているとも知らず、彼は全ての犯行を認め、そしてイレーヌの殺害計画までも教えてくれました。そしてあろうことか、イレーヌを殺して財産が手に入ったら一緒になろう、と。もはやそんな言葉で心を動かされるようなことはありませんでした。代わりに、どうか自首してくれと頼みましたが聞き入れてはもらえませんでした」
「それで刺したってわけか」
エステールから受け取ったレコーダーを再生してみると、確かにアラン・グザヴィエの声が入っていた。
「とにかくこれは署で預からせてもらう。もちろん、お前さんにも一緒に来てもらう」
「もちろんです。そのためにこうして全てお話したんですから」
初めのおどおどした感じとは違い、彼女の目は澄み切っていた。自分の罪を認め、そして他者の罪を暴き、全ての枷から解放されたのだろう。そんな彼女を連れ、シップ発着場へと向かう。ヒューズの持ってきたシップは小型のパトロール用だったが、人一人を乗せるくらいどうってことはない。だが、ハッチを閉める直前、私は呼び止められた。
「エステールの罪は、重くしかならんか」
ひどく暗い顔をした零姫にそう聞かれ、どうなるかは私たちの決めることではない、と答えると、彼女は重いため息をついた。
「人間の作った法とは、えらくお堅いものなんじゃな」
「しかし、一つだけ方法がある」
これだけは言葉にして伝えておかねばなるまい。そう瞬時に判断した。
「いかに彼女を救いたいかという気持ちを文にまとめ、裁判所に提出する。運が良ければ裁判官がその気持ちを汲んでくれるでしょう」
「もし、運がなければどうなるんじゃ」
「犯人隠匿と殺人の罪に問われ、それ相応の刑を言い渡される」
「……その裁判官は人か? いや、人間であるのか?」
「無論、人間です。人間の心を持った人間です」
「そうか。……ならば、わらわはその人間の心に賭けてみるかの」
そこでようやく零姫は落ち着いた笑みを浮かべた。彼女は彼女なりに、エステールのことを心配し、心を痛めていたのだろう。どうしても罪を償わせたい、と強く思う気持ちは、こうしてまたエステールの未来を案じる気持ちとして強く出たのだ。
「して、その文書とやらはイレーヌ・グザヴィエという方も書いてくれるだろうか――とこれはおぬしにもわからんじゃろうな。よし、わらわが直接会って聞いてみることにする」
ではな、と一言交わし、私もまたシップへと乗り込んだ。はて、私にも未来の見える力があったのか。そう遠くない未来、裁判所に二通の嘆願書が届くだろう、となぜかそんな確信が満ちてきた。
「……零様は不思議な方でらっしゃいますね。まだお若いのに、なぜか全てを悟ってらっしゃる気がする」
「まあ、お若いっつっても、どれほどをもってお若いなんて言うんだか俺らにはさっぱりだけどな、サイレンス」
そんな物騒な一言を私に振るんじゃない。零姫に殴られるぞ。あれでも一応、今生ではまだ十二年しか生きてないんだ。
「悟ってるってのはあながち嘘じゃあないと思うけどな。特に、ダメな男に振り回される女心ってやつに関しては」
それは確かに、と苦笑した私の顔を隣に座っているエステールが不思議そうな顔で見ていた。
|| THE END ||
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