◆The Mystery of "Madam Lament"
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「おーい、サイレンス」
その時、鳥居の方からのんびりと私を呼ぶ声が聞こえた。ヒューズだ。思ったよりも早い到着だったというわけだ。
「こっちじゃ」
表の見える縁側から零姫が手を振ると、この場所にはおよそ似つかわしくないばたばたと騒々しい足音を立ててヒューズが現れた。
「まったく、どこ行ったかと思えば零ちゃんのとこかよ」
気軽に「ちゃん」づけで呼ぶんじゃない。
「何だよみんなしてそんな顔して。おい、それより事件の手がかりとやらは見つかったのか? ん、その人誰だ?」
「このおなごが、お前の探している手がかりとやらじゃ」
「ええっ? サイレンス、いったい誰なんだ?」
「……私は、イレーヌ・グザヴィエさんと懇意にしておりました、占い師のエステールと申します」
「懇意にしていた占い師?」
はた、と止まったまま数秒考えたのか、ヒューズは「ああ」と小さく声を漏らした。
「グザヴィエ夫人が一ヶ月に一回は通ってるって占い師があんたなんだな」
それにエステールがこくんと頷いた。今まで二人で捜査してきたことを報告しあってきた甲斐があったというものだ。しかし、ここから先を説明することがこれまた骨の折れる作業なんだが。
「とりあえず座るがいい」
零姫に促されて私の横に腰を下ろしたヒューズだったが、今ここで何が話されていたのかはもちろんわかっていない。だが、ヒューズが説明を求めて口を開くより前に、零姫が先を取った。
「今まで話してきたことは後でサイレンスに聞くがよかろう。それよりほれ、話の続きをせんか」
「あの……」
「安心せい。こやつもちゃらんぽらんな奴に見えるがの、一応はIRPO捜査官の端くれじゃ」
凄まじい言われようだな、ヒューズ。あまりのことに言葉も出ないか。
だが、IRPOの捜査官だということがわかった以上、彼女は腹を決めたらしい。深く息を吸い込むと、やがて自分の犯した罪を吐き出した。
「アラン・グザヴィエを殺したのは、私です」
これまでの話からしてまさか、とは思っていたが、こうして本人の口から実際に告白されるのを聞くとなると、やはり残念な気持ちが抑えきれない。なぜ、あのような男のために罪を犯してしまったのか。
「先ほどもお話しましたように、アランはよからぬことを考えていました。私はそれを知っていて止めることができなかった。その時点で私も同罪です。しかし、ついにアランがイレーヌまでを手にかけると言い出した時、このままではいけないのだとはっきり心に決めました。
初めは何とか説得してわかってもらうつもりでしたが、すでに金の亡者と化したあの人には届きませんでした。だから今日、イレーヌを外に出かけるよう促して、その間にヨークランドに行ったのです」
「ナイフを持って?」
「はい。私一人の力ではあの人には到底敵いませんから……。脅すつもりでナイフを持っていったのですが、やはりカッとなってしまってはいけなかったんです。気がついたら、あの人はうめき声を上げて床に倒れてしまったんです。慌てて医者を呼ぼうと思いました。でもその時、私の中で悪魔が囁いたんです。彼をこのまま見殺しにすれば、イレーヌは殺されることはないのだ、と。私も苦しみから解放されるのだ、と。どうせ元よりこの姿でやってきたので、顔を見ていた人はまずおりません。このまま逃げて、もし仮に目撃者がいたとしても、占い師のような格好をしていた、というだけで私にまで辿り着くことのできる人はまずいないと思ったのです。
それでも戻ってきてから良心の呵責に耐え切れず……」
「良心の呵責だって? 人が一人死んでるんだぞ」
「じゃが、アランという男は人を二人殺しておる」
とっさに口を挟んだ零姫がはっとなり口を閉じた。だが、ヒューズはそれに首を振って答えただけだ。
「一人も二人も関係ない。殺したってのは事実だ」
「わかっています。わかってるからこそこうして、この場で全てをお話しているのです。零様もどうかお気になさらぬよう。
アランを殺したのは私だということは今お話しました。それはどんなことをもってしても償わなければならない罪だということも承知しております。しかし、罪を償う前にまず私の知っていることを全て話す時間だけでも頂けないでしょうか」
「それはさっきの『アランは二人殺した』ってやつか?」
「はい。はっきりと現場を見たわけではないので彼から聞いた話なのですが。
アランは酒を飲むとひどく饒舌になる男でして、本人もそれをよくわかっていたので人前では絶対に酒を飲まないのですが、ちょうど借金ができた頃から、私の前では酒を飲むようになりました。そして、あのイレーヌの結婚記念日から数日が過ぎた夜、いつものように酒を飲んで私に切り出したのです。『ようやく俺たちにも運が向いてきたぜ』と。どういうことなのかと尋ねましたら、イレーヌの夫を事故に見せかけて殺したというのです。あの晩のイレーヌのことを思い出して私は驚いてしまって、どうしてそんなことをしたのかと問いただしました。
以前より、アランとイレーヌのご主人の間には良くない雰囲気がありました。以前、イレーヌに招かれてお宅にお邪魔した時にご主人がアランの行儀の悪さに辟易してもう二度と連れてこないでほしい、と言ったそうなのです。イレーヌはアランのことも友人の一人だからそんなことは言ってくれるなと頼んだそうですが、ご主人とて目に余ることがあったからそう言ったのでしょう。それ以来、私とアランが揃って招かれることはありませんでした。それがあの結婚記念日に、アランがご主人を訪ねたというのです。どうしてなのかと言えば、どうやらいくらかお金を無心したそうなのですが、ご主人はそれを聞き入れてはくださらなかった。――当然でしょう。誰が嫌う相手にお金を貸しましょうか。
しかし、アランはそれに腹を立て、その場でご主人を殺そうと考えたそうです。そうすれば、あの家の資産は全て妻であるイレーヌが相続することになる、と。思いつくや否や、アランは二階へと続く階段を昇り始めました。もちろん、ご主人がそれを快く思うはずがありません。すぐさま追いかけてきたそうですが、ご主人が手すりから手を離した一瞬の隙をついて、アランは階段からご主人を突き落としたそうです。運の悪いことに、ご主人はその場でお亡くなりになり、そしてその数十日後、アランが読んだ通りイレーヌに莫大な遺産が相続されたのです。
今思えば何と恐ろしい男なのでしょう。私もそれを知った時点ですぐに通報するべきだったのです。しかし、もしお前も殺すとナイフを突きつけ言われたら。……逆らうことなど不可能でした。そうしている間に月日が経ち、イレーヌが新しい婚約者を教えてくれました。先ほどお話した通り、アランの取引先の方です。なぜか嫌な予感がしました。何せその方は一代で財産を築き上げた方で、金は腐るほどある、というのが口癖の方でしたから。もしや今回もアランが何か悪さをするのではないか、と心配しておりましたが、まさかそのようなこともあるまい、と思い直しておりました。しかし二度、悲劇は起こったのです。
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