◆Drunk Witness
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「ついでに、俺の考えとしてだな。エレア・ローランドは俺たちと同じように、キッチン側の扉から中に入ってきたと思うんだ。おい、お前ちょっとキッチンに行っててくれよ」
ヒューズは、何かを証明しようとしている。とっさにそう思い言われるままにキッチンへと向かう。扉を閉めてほっと息を吐いたその時、居間からヒューズの「入って来い」という大声が聞こえ、今閉めたばかりの扉を開いて、一歩中へと入ったその時だった。
「ストップ!」
再度ヒューズの声が聞こえ、思わず足を止めたがそこではっとなった。居間のどこを見渡してもヒューズの姿がない。慌てて扉を閉めて、ふと右手を見て初めてソファの奥にちらつくヒューズの頭が見えた。
「どうだ? ぱっと見て気付かないだろ?」
体を起こして、ソファを挟んで向かい合ったヒューズに頷いた。確かに、扉から入ってすぐには、ソファの奥にいるヒューズの姿には気付かない。
「例の引き出しは戸棚の一番下にある。今のはちょっとしゃがんだだけだったが、実際に作業をするとしたらかなりしゃがんで腹ばいに近い形になるだろ? だとしたらまずソファが邪魔になって、扉から入ってきた人間にはそこに誰がいるかなんて気付かない」
ところが、扉の閉まる音でエレア・ローランドが帰宅したことに犯人が気付く。思わず立ち上がり、両者鉢合わせというわけか。
犯人に対して、もちろん被害者は声を荒げただろう。だが、犯人が鉢植えを持ち上げ襲ってきたので、慌ててキッチンへと避難しようとした。だが、扉を開ける前に犯人に追いつかれ――。
しかし一気に謎が解決してすがすがしさを覚えたのもつかの間、今度は別の問題にぶつかった。他でもない、凶器に使われた鉢植えだ。
「うーん。けっこうイイ線いってたと思うんだがなあ」
さすがのヒューズもそこで躓き、頭を抱えることになった。結局これには致命的な欠点があったのだ。解決なんてものではない。またしても迷宮入りだ。
もう一度頭の中を整理しようと目を閉じる。今までの調書通り犯人は外から入ってきたのか。それとも中にいたのか。私たちの抱いた違和感や疑問はすべて独りよがりの域を出ない、想像の産物だったのか。
そう考えていると、ふと花の香りが鼻をついた。この部屋に入ってきた時かすかに匂った花の香りだ。この香り、どこかでかいだ風な感じが、と思わず考えたその時、答えが急に浮かんだ。
そうだ、この香り! 酔芙蓉の香りだ!
ヒューズにそれを伝えると、彼は怪訝な顔をした次の瞬間「バカか」と一言返してきた。
「お前な、こんな時に花の匂いがどーだとか言ってんじゃねえよ! だいたい、どこに花の香りがするってんだよ!」
その答えにようやく気付かされた。この香りは私にこそ感じるとはいえ、人間にはほとんどわからないほどの香りなのだと。
「お、おい。何なんだ?」
驚いた声を上げたヒューズの袖を引っ張り、半ば無理やり外へと連れ出す。そのまま車の扉を開け、助手席に置いたままだった酔芙蓉の鉢植えを目の前に突き出す。
「は? 嗅げっての?」
私にとっては十分判別できる香りだとして、人間にとってはどれほど感じるものなのだろうか。それをヒューズは、数秒のうちに教えてくれた。
「普通の花の匂いしかしないぜ? 第一、そんなに香りのきつい花でもないだろ?」
それよりも土の匂いの方がきついな、と付け足してくれたおかげでそれはよりいっそう核心へと近づいた。元からさほど匂わないはずの花がなぜ、置かれていた店先から数メートル離れた、しかも扉を一枚隔てた部屋の中で未だに匂い続けるのか。
ヒューズに鉢植えを押し付け、居間へと戻る。ドアの時点で薄い香りがどこで一番強くなるのか。部屋中を歩き回り、ようやくそこを見つけた頃には、ヒューズもまた部屋へと戻ってきていた。
「警察犬のまねごとか?」
もはや文句も出ないといった表情の彼に理由を話す。もちろん、たどり着いた結果についても、だ。最初は興味もなさそうな彼の顔もみるみるうちに変わっていく。
「よし。裏づけのために、聞き込みでもしてみるか」
ヒューズのいいところは、例えどんな意見であろうとも受け入れ、捜査へと繋げていくところだ。またそれが大事な情報なのかそうでないかを瞬時に見分ける。彼自身は直感だというが、それは持って生まれた才能なのだろう。
「家に上がりこんでる茶飲み友達の一人でもいそうだけどな」
店側から出て大通りを歩きながらそうヒューズが言った。どんなに世間から隔絶されている人間であろうと、一人はそういう友人がいるものなのだという。特に被害者は店舗経営者だ。付き合いも多いだろう、というのがヒューズの見解だったのだが、なるほどそういう人物はすぐに見つかった。
「あの花はね、ローランドさんのお気に入りの花なの。あんまり売れる花でもないしね、うちでは取り扱ってないんだけども、妹さんからもらったらしくて、寝室にも飾ってるんだって言ってましたよ」
数件先の花屋の女性がそう教えてくれた。殺される前日に被害者宅へ赴いた時には、店と居間と両方に飾ってあったらしい。蕾も膨らみ、そろそろ咲く頃だったと言う。
「やってくれるぜ、相棒!」
読みが当たったことをヒューズと喜び合う。だが、まだ事件が解決したわけではない。
「よし。そうとなればようやく本題。このままラッキーが続いてくれるといいんだけどな」
ヒューズの指差した先。ネイト・アンダーソンの店を目指して、私たちは再び歩き出した。
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