◆Drunk Witness
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「いいか。この鉢植えにはお前の指紋がご丁寧にもべったりついていた。言ってる意味がわかるよな?」
「俺がそれを触ったって言いたいんだろ?」
「よーくわかってんじゃねえか。……なのに『俺は殺してません』ってどの面下げて言ってんだよ!」

 声を荒げたヒューズに対して、男はへらへら笑ったままだ。

「どの面って、この面下げて言ってんだぜ。第一、俺はそんなん知らねえな」
「知らないだと!? ふざけんのも大概にしやがれ!」

 拳が叩きつけられた振動で、机がわずかに揺れる。それにターキスはやれやれ、と言うように首を振ると、ふいに前へと身を乗り出した。

「そんなにぐだぐだ言うんだったら話してやるよ。でもな、俺があの女を殺してないっていうのは変わらねえからな?」

* * *

「っくっそー、あの野郎! ふざけんな!」

 休憩用に用意された部屋に入るなりヒューズが叫んだ。私も叫びたいくらいだ。

「あの野郎、絶対こっちのことなめてやがるぜ! なあ、お前もそう思うだろ?」

 まったくだ。あの態度といい、先ほど話した内容といい、どれを取っても腹が立つ。

 ターキスの話というのはまったくふざけたものだった。自分は確かにあの店へ行った。だが殺していない。鉢植えに触ったのは、店に入ったところが誰もいないので、誰かいないのかと店の奥に入ったところ、足元に鉢植えが転がっていて邪魔だったので動かしたからだ、と言う。

 証拠処理用の袋に入れられたピンクの花は大きく広げていたその花びらを閉じてしまっていた。今からでもすぐに植えればまた育つだろうが、捜査が終わるまではいくら私たちと言えども勝手に証拠をいじるわけにはいかない。残念なことだが、この花の命もそう長くはあるまい。

 かわいそうに、こんな鉢植えに入れられたばかりに根も枝も伸ばせずに死にゆくとは。どこかの山にでも埋まっていれば大きく育てただろうに――。

 あまりにも哀れな花を眺めていると、ふいに肩を叩かれた。ヒューズがやけに神妙な面持ちで言う。

「おい、サイレンス。それは証拠なんだからな、どんなにうまそうでも食っちゃダメだぞ」

 誰が食べるか、この馬鹿者。


 その後、取調べ室に戻ったものの、結局話は平行線のまま一日を終えた。収穫なし、というやつだ。

「明日はもうちょっとびしっと締めていくか」

 まだ一日目だからな。相手にもある程度の余裕があるのだろう。

「拘留期間は五日間。その間に口を割らせばこっちのもんだしな」

 車のハンドルを握り締めて気合を入れなおしたヒューズの横、とっぷりと暮れた町並みを見ながら頷き返す。訪れた時には真っ青な水をたたえていた湖も、今や夜の闇の中に揺れるものとなる。波間でたまにしぶきが上がるのは魚だろうか、それともあの水妖とその仲間なのだろうか。

 そうこうしているうちに車はシップ発着場へと到着した。荷物を手に取り、ロビーへと向かう。

「今日はゆっくり寝て、明日またがんばろうな」

 少々疲れた面持ちでそう言ったヒューズに返事をしようと横を向いたその時、またしてもヒューズのうんざりした顔に気がついた。

「またあんたかい」
「それはこっちの台詞ですよ……」

 ヒューズのその視線のその先、係員と話をしていた女性がこちらを見ていた。

「ちょっとは善良な市民の皆さんのために働いてるようだね」
「もう働きまくりですよ。今日だって……なあ?」

 同意を求められてとりあえず返事をする。まったく、明日からまた休みはないのだろうな。本来なら休みのはずだったんだが。

 ヒューズが係員に渡航証を渡す。込み合っているのだろう、出発するのに少し時間がかかるという。元からそんなに広い発着場ではないのだが、どうやら今日は観光用のシップが三隻ほど来ていて、それがぐずぐずしているのだとハミルトン艦長が教えてくれた。

 何をするでもなしにロビーを見渡す。確かにいつもより人が多い。たいていは定期便を待っている人間なのだろうが、中には渡航証を手にイライラしている人間もいる。あれは個人用の小型シップで出かけてきた者だろう。

 そんなことを考えながらふいに視線を移すと、外を見渡せる大きなガラスの端に置かれた鉢植えが目に入った。高さは私の背くらいだろうか。白と濃いピンク色の花がいくつか咲いて――あの花は!

 慌ててその鉢植えへと駆け寄る。この葉の形、そして花。間違いない、あの凶器に使われた鉢植えに植わっていた花と同じ花だ。

 そこで不思議なことに気がついた。この木についている花の色だ。咲いているうちのいくつかはあの鉢植えの花と同じように濃いピンク色に染まり、その花弁を閉じてしまっている。しかし、中には白い花弁を広げているものもあるし、薄いピンク色になっているものもある。不思議だ。一つの木でこんなにも花の色がころころ変わるものだろうか。

「おや、花に興味があるのかい?」

 ふいに話しかけられて振り返ると、そこにはハミルトン艦長がいた。こちらの返事を待たずに、彼女は咲いている花の一つを手に取ると軽く香りをかぐ。

「面白いだろう? この花は酔芙蓉といって、朝と夕方で色が変わる花なのさ。朝咲いた白い花が、時間が経つにつれて色づいてくる。ちょうど、酒を飲んでどんどん顔が赤くなる人のようにね」

 それで『酔』芙蓉なのか。人間もなかなか面白い名前をつけるものだな。

「ここは夜通し明るいもんだから間違って夜咲いてしまう花もいるんだけどねえ。自然ならばちゃんと朝に白い花をつけるんだ」

 急いで咲いてしまった、まだ酔っ払っていない白い花を見る。まだ、どこも染まっていない真っ白な花――。

「おい、サイレンス。行くぞ」

 いつの間にか、ヒューズが後ろに立っていた。もう行くのか。しかし、ハミルトン艦長はまだ出ないようだが。

「うちのシップは大型だからね。あの観光用シップが出て行くまではこっちも出せないんだ」

 さっさとして欲しいけどね、と付け足して彼女は疲れたように首を回した。

「じゃ、こっちはお先に。――あ、それと昼間はご馳走さまでした」

 ヒューズがそう言って頭を下げた瞬間、ハミルトン艦長の目が大きく見開かれる。いかにも意外だ、と言わんばかりに。

「おや、そんな礼も言えるもんなんだねえ」

 私も瞬間そんなことを思った。どうやらそう思っていたのは私だけではないらしい。そして、それに対してヒューズはというと、そんなことを言われるなど心外だといった顔をして何か文句でも言おうとしたのだろう。口を数回開けたり閉じたりを繰り返していたが、やがて諦めたのか、顔中に不機嫌さを漂わせながらもそれに答えた。

「……一応、人並みの礼儀は身につけてるつもりなんですけど」

 ヒューズのその言葉に彼女は愉快そうに笑った。腹にずどんと来るなかなか豪快な笑い声だ。

 口で言わぬ代わりに私も頭を下げる。さすがにあの値段を払わせておいて、何もしないのはあまりにも無礼だろう。

「いいってことさ。人間、たまにはいい物食べないと、気持ちにもゆとりができないからねえ」

 そう言う彼女に見送られて私たちはオウミを後にした。あのハミルトン艦長とかいう人間、ヒューズが言っているよりもいい人間なのかもしれない。


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