◆Drunk Witness
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 オウミ署の話に従いたどり着いたのは、先ほどのレストランとちょうど湖を挟んで反対側の小さな町のメインストリートにある雑貨屋だった。風景はどこから見てものどかな田舎町だ。おそらくメインストリートといえども普段はそんなに人通りもないのだろう。それだというのに、ひとたび何か事件が起これば突風のごとく噂は町を駆け巡る。

「はい、すみませんねー。ちょっとどいてくれるかなー?」

 両手を広げつつ野次馬をかきわけていくヒューズの後ろについて進むと、ようやくIRPOの黄色いテープが見えてきた。奥で制服を着た警官が手招きしている。この町に駐在している警官だ。

「人数足りねえからって呼び出しなんてよ、こっちは便利屋じゃないのにさ」

 先日の窃盗団の捜査のために、今あちこちのリージョンでは新しい事件にあてる人員が不足している。特にオウミあたりは捜査官の人数は全リージョンの中で下から数えた方が早いほど少ないというのに、今回の窃盗団の被害件数、被害総額はだんとつで一位だ。あちこちの富豪やら何やらがこぞってオウミに別荘を作ってきたのがその原因になってしまったという。

「また忙しい時期に事件が起こっちまったもんだ」
「はは……。本当に」

 情けない笑顔を見せて警官は笑った。「おいおい、笑い事じゃねえだろ」というヒューズの呟きは聞こえてないらしい。なかなかおめでたい男のようだ。


 現場は特におかしいところもなかった。オウミ特有の家具に囲まれた居間、そこに女が倒れていただけだ。後頭部を一撃でやられたと見られる傷がある。おそらく即死だろう。

「被害者は?」
「エレア・ローランド、三十五歳。この雑貨店の女主人です」
「へえ。家族は?」
「両親は他界、兄と妹が一人ずついます」
「……で、そのお兄さんと妹ってのは?」

 ……テンポの悪い会話だ。聞かれたことにしか答えない警官に私ですら少しいらつくぐらいなのだ。ヒューズは、と思って顔をのぞくとリミットブレイクまであと一息というような恐ろしい顔をしていた。ああ、そろそろ――。

「ちくしょー! その手帳貸しやがれ!」

 こちらの予想通り、ヒューズは絶叫と共に警官の手から手帳を奪い取った。引き裂かん勢いで手帳を開くとざっと目を通す。二、三枚ページをめくってため息をつくと、今度はこちらへ手帳を投げてよこした。

 開いた手帳に書いてあったのは被害者の家族構成、ただそれだけだった。ヒューズがため息をつくのも無理はない。私も思わずため息をついてしまったほど他には何も書いていない。つまり、初めからすべて私たちが捜査しなければいけない、ということか。

「とりあえず、目撃者はいなかったんだな?」

 念を押すようにそう尋ねたヒューズに、警官はしばらくぽかんと口を開けていたが、やがて思い出したように一人の男の名前を口にした。――それにまたヒューズが怒鳴り声を撒き散らしたのは言うまでもない。

* * *

 目撃者の男はすぐに見つかった。向かいのパン屋の主人がそうだったのだ。

「ジョン・ターキスって男で、ここらじゃ有名なやつですよ」

 そう言って、彼――ネイト・アンダーソンと名乗った男――は顔をしかめた。よほど評判の悪い男らしい。

「黙ってたら店先のものはかっぱらっていく、機嫌が悪いとそこら中のものに当たる。このストリートであいつに何もされたことないって人間いませんよ」

 彼の話によると、ジョン・ターキスという男は何度もIRPOにも捕まっているという。ヒューズ曰く『札つきのワル』というものらしい。

「ちょうど四時ごろですよ。ターキスが店に入っていったんで、また何かやらかすんだろうなと思って見てたんです――もちろんIRPOにはすぐに電話できるように準備してね。そしたらいつもはすぐにローランドさんの怒鳴り声が聞こえてくるのに、今日に限って何も聞こえないんですよ。珍しいもんだな、と思ってたらあいつが慌てて飛び出してきたんです。で、周りに誰もいないのを確認するとぱっと走っていってしまって。あまりにもその様子がおかしかったもんで、慌てて外に出たんですけど、もう姿が見えませんでした。これはローランドさんの方に何かあったのかもしれない、って店にお邪魔したらあれですよ。鉢植えで殴ったなんて本当に……」

 思い出したくもないのだろう、頭を押さえた彼を見ながらメモを取っていると、先ほどの警官が慌しく駆け込んできた。

「た、大変です!」
「なーにーがーだーッ!」

 よほど印象がよくなかったのだろう、ヒューズが思わず声を荒げる。それに一瞬身をすくめた彼だったが、言うべきことを思い出し魚のように口をぱくぱくさせる。

「だから何だっつってるだろ!」
「それが、それが……」

 ええい、うっとおしい男だ。いっそ妖魔の剣で脅して――。

「それが、ターキスが捕まったんです!」
「なにィ――――!?」

 その言葉に私も驚いたが、ヒューズはもっと驚いたらしい。飛び上がった拍子に座っていた椅子に足をひっかけて盛大に転んだ。――確かに驚くべきことだが、それはちょっとオーバーアクションすぎやしないだろうか。

* * *

 なるほど、ジョン・ターキスという男はどこからどう見ても、治安上よろしくない感じの男だった。それは見かけだけでなく態度も、だ。

「頭の悪そうな野郎とコスプレ野郎か。IRPOもよっぽど人材不足なんだろうなあ」

 そう言って下品な笑いをした男に、こちらの気分がよくなるはずもない。にらみつけてやると肩をすくめてはみたものの、ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。腹の立つ男だ。

「そう言ってられるのも今のうちだよ。なんせお前は殺人の容疑でここに連れてこられてるんだからな」

 額に青筋を浮かべたヒューズがそう言うもまったく動じない。何なんだこいつは。

 取調室に入ってから約五分。今回の事件を担当したのが私たちだったので、取調べもそのまま私たちが引き受けることになったが、これでもか、というほどこちらの神経を逆なでする男はあまりにも久しぶりなので、私もヒューズも忍耐が追いつかない。それでも五分も持っているのは奇跡と言うべきか。

「さっきから何度も言っちゃいるが、俺はあんな女殺してないぜ」
「馬鹿いうなよ。犯人ってのは皆最初はそう言うってもんさ――俺をなめてると承知しないぜ」

 椅子から立ち上がったヒューズは横の机の上にあった袋をつかむと、ターキスの前にどかり、と置いた。

「これに見覚えがあるな?」

 それは壊れた鉢と枝のついた花だった。かなり大きなものだ。エレア・ローランドは後頭部をこの店先に置いていた鉢植えで殴られて死んだ。もちろん想像ではない。この鉢植えに関する多くの目撃証言や被害者の傷口に付着していた土とこの鉢植えに入っていた土が一致したのだ。


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