◆Drunk Witness
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「そろそろ十時だな」

 腕時計をちらりと見てヒューズが囁いた。このような田舎町ではすでに皆床に入っている時間だろう。犯人が動き出すのもそう遠くはない。そう考えて気を引き締めたその時、キィと小さな音が聞こえた。

 じっと耳をすませていると、店の床を軋ませながら、少しずつこちらへと足音が近づいてくる。一歩、また一歩と慎重に歩を進めていると思われたその音がぴたりと止む。どうやら、居間の扉の前まで来たようだ。

 私たちが息を潜めている中、再び扉の開く音が聞こえ、ほっと息をつく音が続く。

 ヒューズが私の肩を軽く叩いた。合図だ。音がしないようにそっと腰を上げ、石が敷き詰められたキッチンをゆっくりと進み、こちらもまた居間へと続く扉の前に陣取る。開けた扉から犯人に気付かれないために、少し距離を置いて待ち続けると、やがてカタリ、と引き出しに手をかける音がした。

 犯人が引き出しを取り出す音と同時に、私たちも再び行動を開始する。居間に毛の長いじゅうたんを敷いていたのはありがたい。犯人の足音が途中で途絶えたのと同様に、こちらの足音も聞こえないからだ。

 犯人のいる辺りを常に捉えながら近づいていく。こんなに側にいるのに気付かないものか。犯人はあの仕掛けを解くのに必死になっているのか、まったくこちらに気付く気配もなくがさごそといささか大きすぎる音を立てて戸棚の中を探っていたが、やがて仕掛けに気付いたのか、目の前に現れた空洞へと手を差し入れ――。

「そこまでだ」

 犯人がぴくりと反応を示したのと、私たちが相手の頭にブラスターを突きつけたのはほぼ同時だった。

「お宝探しに必死になって、人の気配にも気付かないようじゃ泥棒としてはまだまだだな」

 ヒューズのその言葉に犯人はおそるおそる振り返った。今さら驚くまでもない。ネイト・アンダーソンだ。

「何でだって顔してるな。花だよ、花。お前が見たっていう白い花」
「あの花が……?」
「そうだ。お前は俺の質問に対して、自分が見た花は白い花だと答えた。だが、お前が話してくれたことから考えると、あの花は白い花であるはずがないんだ」
「そ、それはどういう」
「あの花はな、時間と共に色が変わる花なんだ。お前が見た白い花っていうのは、午前十時頃――ちょうどエレア・ローランドが殺害された時刻の頃の姿なんだよ」

 それに彼の目は大きく見開かれ、やがて力をなくしたように彼はぱたりと床に座り込んだ。

「話は署に帰ってからゆっくり聞かせてもらうからな」

 町の派出所に連絡をすると、パトカーはものの五分もしないうちに到着した。もはや動く気力すら失ったのか、私とヒューズに半ば支えられるように歩くネイト・アンダーソンを中に押し込み、両脇から私たちもそれぞれ乗り込んですぐさま車は出発した。サイレンの音で飛び起きた住民たちが家々の窓から戸口から見守る中、ずっと口を閉ざしていた彼がふと呟いた。

「花の色だなんて……。悪いことはできないもんですね」

* * *

 動機としては、やはりあの宝石に目がくらんだ故の犯行だった。

 何でも、エレア・ローランドは宝石を集めるのが趣味だったらしい。少しずつ貯金をしては、一年に一度自分のために宝石を買う。親しくしていたネイト・アンダーソンはその話を聞いていて、それを目当てに今までも何度か彼女が不在の際に侵入していたが、まったく見つかる気配はなかった。

 ところがあの日、たまたまあの鍵のかかった引き出しに気付き、こじ開けている最中にエレア・ローランドが帰宅したという。それから後は私たちが考えていた通りだった。たまたま手元にあった鉢植えで彼女を殴った時点ではまだ彼女は生きていたようだ。しかし、怖くなって逃げ出そうとしたその時、店側に置いてある鉢植えに気付き、なぜかそれを持ち帰ってしまったという。

「パニックになってる時って、自分でも何するかわかんないしな」

 そんなものなのだろうか。私もパニックとやらになれば、自分でも予想だにしない行動を取るのだろうか。

 ネイト・アンダーソンの供述通り、現場から持ち出された鉢植えは彼の自宅で発見された。最初はどこかに捨ててしまおうかと思ったようだが、こちらがジョン・ターキスの裏づけをするために町のあちこちで捜索をしていたのが意外な効果を発揮していたらしい。私たちの動きを警戒して、鉢植えを捨てぬままに置いていたのだ。黒い袋に入れられて倉庫に放置されていた鉢植えは、深酔いすることもなくしおれていた。

「なんだ。結局それ飾ってんのか」

 ヒューズが私の机の上にある鉢植えを指差してそう言った。そう、今回の事件で鍵となった酔芙蓉の鉢植えだ。色あせることなく咲き誇るこの三色の花を見ていると、以前レンが言ったように花を目で楽しむのもそう悪くはないとも思えてくる。

「そういやさ、この花見てあいつ泣いたんだよな」

 取調べの最中、証拠として持ち出したこの鉢植えを見てネイト・アンダーソンは泣いた。自分の罪を暴かれた悔しさからか、それとも自分の犯した罪に後悔してか。できれば後者だと思いたい。

「まったく。たかが花、されど花ってわけか。侮れないもんだよな」

 白い花をつつきながらそう言うヒューズに頷きで返す。

 まさに皮肉とはこのことか。ネイト・アンダーソンは宝石の存在は知っていても、被害者が愛していた花のことは聞かされていなかったらしい。いや、例え知らなかったとしても、彼がこの四日の間に一度でも持ち出した鉢植えを目にすることがあれば状況は変わっていただろう。だが、彼はそれもしなかった。

 もしこんな偶然がなければ、今回の事件も真犯人をもって解決することのないまま、冤罪へと発展していたかもしれない。それを考えると、今回私たちがたどってきた道はなんと不思議かつ幸運に恵まれたものだったのか、と感心してしまうほどだ。

「普段もこうラッキー続きなら仕事も楽なんだけどなあ」

 ヒューズがぼやいたその時、ふいに後ろから差す影に気付いた。それに続く頭を叩かれる衝撃。こんなことをしてくるのは一人しかいない。

「ほらほら。じっとしてる暇なんてないわよ」

 腕組みをしたままのドールが、手に持った資料を軽く振る。それはやたら滅多と分厚いような気がするのだが――。

「おいおい、俺らにはコーヒー飲む時間もないってことか?」
「コーヒーなんてシップの中でいくらでも飲めるでしょ。それよりも仕事。やらなきゃいけないことは山積みなんだから」

 仕事は山積みか。これなら、新しい鉢植えをもらいに行けるのはいつになるのか。

 そんなことを考えながらずしりと重い捜査資料を受け取る。今度の事件も長くなりそうだ。


|| THE END ||

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