◆Drunk Witness
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ありがたいことに、ネイト・アンダーソンは今日も店にいた。先日見せた人当たりのいい笑みを浮かべ「いらっしゃい」と小さく頭を下げる。
「どうもジョン・ターキスの言うことがめちゃくちゃでねえ」
会計をしていた客が帰ったのち、そうヒューズが切り出すと、彼はふいに目を細めて言った。
「あの男はそういう奴ですから。信用ならない男ですよ」
嫌悪感を漂わせる物言いに引っかかるものを感じたが、元よりあの手の男はそう言われているものだ。それよりも今重要なのは、この男の話なのだ。
「悪いね。仕事中なのにさ」
「仕事中と言っても自営ですから。それより、今日は?」
仕事の手を止めてこちらへと向いたアンダーソンに、ヒューズはちらりと視線をくれるとこともなげにこう言った。
「いやさ。花の色が気になって来たんだよ」
「花の色?」
「ああ。エレア・ローランドさんが殺されて、あんたはその直後にあの店に行った。その時、鉢植えに入ってた花は何色だった?」
その問いかけに彼の動きがぴたりと止まった。だが、表情は難解を示したままだ。
正直に言って、この問いかけは賭け以外の何ものでもない。もしアンダーソンがあの花のことを知っていればこちらの負けとなる。だが、私たちも根拠もなくこんな質問をしているのではない。先ほど聞いた花屋の女性の言葉に基づいたものだ。
『あんな変わった花持ってるのなんて、ここらじゃローランドさんくらいのもんですよ』
酔芙蓉は元々オウミの花ではないと言う。もちろん、育たない土地ではないが、この一帯で自然に咲いている酔芙蓉は見かけないということだった。だからこそ、こちらも一か八かの賭けに出たというわけだ。
「花の色、ねえ」
だが、そう言って考え込んだアンダーソンが次に発した言葉に、私は心の中で歓声をあげた。勝利は私たちにもたらされたのだ!
「間違いないな?」
「ええ、白でした。一つだけ大きく咲いていたので覚えています」
そう言って彼はにこりと笑った。だが、それに対してこちらの気持ちは暗い。
「そうか、ありがとうな」
「え? もういいんですか?」
「ああ。花の色が白だってわかればよかったんだ」
ヒューズは軽く笑って私を促した。半ば呆然としたままのアンダーソンをその場に置き去りにして、さっさと店の外へと移動する。結局、私たちは、被害者の家の裏に止めた車に戻るまで、一言も口を聞くことはなかった。
「もう、決まったな」
車に戻って、ようやく口をきいたヒューズに無言で頷き返す。彼の言ったことは全て嘘だったということだ。私たちが駆けつけた時点ですでに濃いピンク色に染まっていたあの花が、僅か一時間前の午後四時の時点で白かったということはあり得ない。つまり、ジョン・ターキスの供述こそが正しかったということだ。
「平気な顔で嘘をつく奴なんかゴマンといるさ。それより、俺たちの目標も決まったじゃないか」
私たちが追うべき人間は決まった。ネイト・アンダーソンだ。しかし、事件からすでに四日が経過している今、少しでも証拠を掴むことなんてできるのか。それが心配だ。
「それなら心配はいらないだろ。犯人は犯行現場に戻るってな。この四日間、現場から見張りが離れることはなかった。とすれば、犯人が戻ってくるのはその後、事件が解決した後だってことだ」
そこまでヒューズが言ったところで、私も彼の言わんとしていることがわかった。つまり、そういう状況を作り出して、犯人をおびき寄せようというわけだ。
犯人の目的ははっきりしたわけではない。あの宝石の入った袋が関係しているのかははっきりとしないし、もちろん犯人が戻ってくるという保障もない。だが、私はヒューズの案に乗ることにした。うまくいけば現行犯逮捕、失敗すれば迷宮入りというとんでもないものだが、何もやらないで頭で考えているばかりよりはずっといい。
どうも最近、ヒューズのくせが移ってきたのか、こんな賭けすら厭わない自分がいる。
* * *
「よーし、撤収だ!」
通りに響き渡るような大声でヒューズが号令をかけると、いっせいに警官たちがテープを巻き取っていく。事件解決の時と何ら変わりのない光景だが、これだけ見せつけるようにやって怪しまれないだろうか、という不安の方がわいてくる。だが、どうせなら目立つ方がいい。その証拠にどうだ。通りのあちこちからこちらに向かって投げかけられる視線がどんどん増してくる。
家の回りにできた人だかりが見守る中、瞬く間に撤収作業は終わり、警備についていた警官四名がヒューズの前に並んだ。
「撤収作業、完了しました」
「はい、ご苦労さん。今夜はゆっくり休んでくれよ」
敬礼を交わしたのち、先に署へと戻る警官たちを見送り、私たちも人だかりを散らす作業に入る。
「ねえ、もう事件は終わったの?」
「結局ターキスが犯人だったのかい?」
そんな質問を適当にかわしながらどんどん人を払っていく。最初は何だかんだと声を上げていた人たちもやがて消えていき、まばらになった頃、一人の男の姿が目に入った。店の前でじっとこの光景を見ていたであろう、ネイト・アンダーソンだ。
「あんたもご苦労さまだったな。店の前で四六時中見張られてたんじゃ、客の入りも悪かっただろう? でもあいつらも仕事なんだ。許してやってくれよ、な?」
そう言って、気軽に彼の肩を叩いたヒューズと二、三言葉を交わし、彼もまた店の中へと消えていった。それを確認してからヒューズを見ると、彼もちょうどこちらを向いたままニヤリと笑った。
「さて、勝負はここからだ」
その言葉を合図に家の裏手に回る。まずはこの目立つパトカーをどうにかしなくてはいけない。しかし、ありがたくもここは町の派出所からさほど離れてもおらず、そこにパトカーが置いてあっても何も不信感を抱かれることはない。
私たちを出迎えてくれた例の頼りない警官も、今回ばかりは気合が入っているらしく、少しばかり頬を上気させて私たちに応援の言葉をくれた。
「いいか? 全部終わるまで絶対に誰にも何も言うなよ」
「もちろんです! 必ずや、この大役を果たしてみせます!」
大役と言っても、パトカーを預かってもらうだけなのだが。こんな平穏な町では、このような捜査計画に参加すること自体が、すでに大役レベルなのかもしれない。
「では、お気をつけて!」
少しトーンを落とした声でも、きちんと敬礼を忘れない彼に私たちも応えて、町の派出所を出ることになった。後は、犯人が行動するのをずっと待つのみだ。
人に気付かれないように少し大廻りをして被害者宅へ再び戻ってきた私たちは、キッチンから続く倉庫の中へと身を隠すことにした。この倉庫は少々狭いが、壁を挟んであの戸棚からも近いという絶好の場所だ。壁もさほど厚くないこの家の作りから言って、隣室である居間に人が入ってきた時点でかなり足を忍ばせていてもわかるということもすでに確認済みだ。
そこに二人で潜り込み、犯人が現れるのを息を殺して待つ。もちろん、ブラスターはいつでも突きつけられるように手に持ったままだ。
一時間、二時間と時が経ち、もう午後九時半を回った頃だろうか。外の喧騒も途絶え、居間から聞こえる時計の針が時を刻む音だけが、しんとした中響き渡る。
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