◆Drunk Witness
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それは夏も終わり、ようやく暑さがましになってきた九月の中旬――先月から担当していた複数リージョンに渡る窃盗団の事件の捜査がようやく落ち着き、専門の部署へと仕事を渡した翌日のことだった。
久しぶりの通常パトロールに内心安堵の息をつきつつも、連日の張り込みの疲れが抜けきってないのか、特捜課のいつもの面々もどこか覇気がないように見える。
そう、張り込みといえばヒューズだ。あの男は元から短気なのか、それとも状況が飲み込めないたちなのか、張り込んでいる最中でも犯人を見つけたとたんに飛び出そうとする。それがあまりにも唐突かつ抑えきれるものでないため、パンチで二回、妖魔の剣で三回ほど黙らせたぐらいだ。
課長は「彼は熱血だからねえ」と言っていたが、その熱血に付き合わされた挙句、面倒まで見るはめになるこっちの身にもなって欲しい。
そして、その『熱血』な男はというと――。
「ようやく仕事もひと段落着いたし、一緒に食事でもどうだい?」
「ロスター捜査官。寝言は寝てから言ってくださいね」
……懲りない男だ。何度断られてもアタックし続けるそのエネルギーをもう少し別のものに向けられないものだろうか。
「もう、照れなくってもいいんだぜ。俺はそんな最初から狼になるような男でも――いててっ!」
いつまでも受付から動こうとしないヒューズの襟足をつかみ、シップ乗り場へと向かった。
まったく、この男の行動に付き合っていたら日も暮れてしまう。私は、仕事をさっさと終わらせて家に帰りたいんだ。
「何だよ! 別にちょっとぐらいいいだろ!?」
パトロール用のシップに乗り込み、オウミへと向かう最中、ヒューズの機嫌は下降の一途をたどっていた。どうやらあの受付嬢と何が何でも食事に行きたかったのだという。そんな不満を私にぶちまけても、どうしようもないということはわかっているだろうに。
「まったく融通の利かない野郎だな、っと」
しかし、オウミのシップ発着場に到着し、正面ロビーに出てきたとたん彼の機嫌はよくなった。
「ねえねえ。君、見かけない顔だね?」
「あ、あの……」
「俺はIRPO本部特捜課のロスター。君は?」
目尻が完全に下がっている。発着カウンターに体を半分預けるように前へと乗り出し、九月から配属されたばかりの新人とおぼしき係員を口説きにかかったヒューズだったが、彼の行動は途中終了するはめとなった。
「あ、その節は……」
後ろに立った女性にヒューズはばつが悪そうに頭を下げた。軍服をまとった四十代半ばと思われるその女性は呆れた表情も隠さず、「まったく暇なもんだね」と一言漏らすとシップの渡航許可証を係員へと渡す。
「女の子を口説いてる暇があるんなら、犯罪者の一人でも口説いてディスペアに送り込んでみたらどうだい?」
皮肉たっぷりにそう言うと、彼女は許可証を受け取りさっさと外へと行ってしまった。彼女の姿が扉の奥に消えてしまうのを確認すると、ヒューズは参ったとばかりに肩をすくめる。
「ありゃ、ネルソン艦隊のハミルトン艦長だよ。うちの母さんもたいがいだが、あのおばちゃんには敵わないね」
* * *
立ち寄ったオウミ署はいつもと変わらずのんびりとしたところだった。
「まあ、しばらく休んでいったらどうかな? 仕事に次ぐ仕事では参ってしまうだろう」
にこやかな笑みを浮かべ、そう言ったオウミ署の署長の言葉に甘え、私たちは少しばかり休憩を取ることにした。何でも、港に近い場所に評判のレストランがあるのだという。
オウミは大きな湖を抱えたリージョンだ。人々の暮らしをその湖が支えていると言っても過言ではない。その湖の水で生活し、湖で獲れたものを食べて生きている。まさしくこのリージョンに生きる人間の命の源――いや、それ以外の種族にとってもそうだろう。
「お、お久しゅうございます。高貴な方……」
なぜ、彼女はいつも私に会うと、こんなに怯えた目をするのか。
「やー! メサルティムじゃないか。元気?」
「ええ、ヒューズさんもお変わりなく元気そうで」
レストランに向かう途中、港から湖を覗き込んだ私たちを見つけ声をかけてきたのは、この湖に住む水妖、メサルティムだった。
ヒューズとは普通に会話をするというのに、他の妖魔とも普通に接するというのに、なぜか私に対してだけは見てはいけないものを見てしまったかのような顔をする。いったい私の何が彼女にそうさせるのだろうか。
こちらに視線をちらちらと移しながらも、水妖の世間話は終わらない。
「あの、どちらへ行かれるのですか?」
この小さな港にIRPOの者が来るのはよほど珍しいことなのだろう。好奇心を隠せずそう尋ねてきたメサルティムに、ヒューズはこころもち胸をはり行き先を告げる。
「すぐそこにあるレストランさ。何でもオウミ署の署長のお勧めでね。俺も前から狙ってはいたんだけど、仕事が忙しくてなかなか行く時間がなくてさ」
嘘を言え。『金がなくて』の間違いだろう。
「まあ。人間の皆さんも色々と大変ですのね」
……ころっと騙されている。
「あそこのエビ料理は大変美味だと聞きましたわ。私は、人間の食べるものが口に合いませんからよくはわからないんですけど……。やはりエビは生でかじるに限りますわ!」
エビを生で! かじる!
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