◆The Adventure of the Aimed Man
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「マリーと初めて会ったのは去年の夏さ。元から裏でウリをしてたらしいけどね、ヌサカーンってお医者先生のそばでやってたらしくて――あ、知ってるかい? あの先生、美形だけど変人だねえ。上級妖魔ってみんなあんなもんかね――まあ、私らとはテリトリーが違うからさ、今まで知らなかったんだけど、急にふらっとやってきてね。それからはずっとこっちで売ってたのさ。何で移ってきたのか理由は教えてくれなかったけどね。

 マリーはあの通り顔もきれいだしね、その上性格もいいと来て、客が着々とついてったのさ。そんなもんで、秋が終わるころにはここらで一番の女になってたよ。

 こういうとこってね、噂が広まるのは早いんだけど、それは客の方も同じでね。噂が噂を呼んで、マリーの客の数は雪ダルマみたいに増えていったんだ。中には自分の客を取られちまった女もいてね、何度か喧嘩にはなったんだけど、結局相手の女がいなくなっちまうのさ。敵わないってわかってね。

 そうこうしているうちに、マリーに一人の常連がついたんだ。まだ若い男だったよ。二十……二、三ってとこかな。金もあまり持ってなさそうだったし、見た目も平凡な男だったんだけど、マリーはやけにその男が気に入ったらしくてね、そりゃあもうかわいがってたんだ。金を取らないどころか、マリーの方から金を渡してやったりしてさあ。たまに私らと一緒にスクランブルで飲んだりもしたねえ。あまり自分の話はしない男だったけどね、シュライクに住んでるとは言ってたよ。

 それよりさ、マリーの変わりようには驚いたね。今まで金は使う一方だったマリーが急に貯金をしだしたんだよ。いったいどうしたのかって聞いたら『結婚するんだ』って言うのさ。誰がウリやってる女と結婚してくれるのさって笑ったんだけど、マリーは本気だったよ。金を貯めて、結婚して相手の男を少しでも支えてやるんだって。

 相手は教えてくれなかったんだけど、ちょっと嫌な客がついた日があってね。その後でスクランブルに飲みにいったらいつもとは別人みたいに飲んでねえ。べろんべろんに酔っ払っちまったんだけど、その時にぽつりと言ったのを聞いたのさ。『タケオと結婚して赤ちゃん産んで、幸せな家庭を作るんだ』ってさ。なんと相手はあの頼りない坊やだったんだよ!」

 黙って話を聞いていた私たちはふいに顔を見合わせた。『シュライク』、『タケオ』と聞いてある人物が頭に浮かんだからだ。

「どうしたんだい?」
「いや、何でもない。続けてくれ」

 ヒューズが促すと、女は何本目かのタバコに火をつけた。

「それからもタケオはよく来たよ。そのたびにマリーははしゃいでねえ。あまりにも喜んで連れ回すもんだからタケオも顔が知れてね、もうここら一帯じゃ『マリーのオトコ』として有名になってたよ。

 まあ、そう思われても仕方はないね。実際、マリーも彼の家に遊びに行ったりしてたし、誰がどう見ても恋人同士としか思えなかったよ。

 そんなころ、ひょっこり現れたのがワン・ヤオでね。普段あいつってば、女は食うんだけど金は払わない男でね、もちろん皆もそれを知ってて遊びで寝るんだけど、中には本気になる女もいて、よく取っ組み合いの喧嘩をしてたのを見たよ。

 数ヶ月ほど姿を現さなかったんだけど、何でもマンハッタンで女を食う生活してたなんて言ってね。馬鹿じゃないのかって言ってやったよ。お前みたいなヤツがあんな都会のお嬢さんたちのお眼鏡に適うもんかってね。まあ、口では言ってやったんだけど、本当に遊んできたらしいね。パープルアイなんて首から下げててさ。あんな高いもん、私らじゃあ一生買えないシロモンだよ。

 それから二、三日かな。マリーがヤツと腕を組んで歩いてるのを見たのは。タケオはどうしたんだろうな、って思ってたら次の日はタケオと一緒に歩いてるのさ。わけわかんなくてね。それが今年の四月ぐらいかな。

 それから、ここいらの女たちとの関係が悪くなったのさ。ワンもいつも遊ぶ相手はマリーだし、その上、タケオとはいちゃついてるわ、なのに相変わらず客はつくわで、そりゃ反感を買っても仕方がない有様だったよ。まあ、女の僻みってやつだね。

 結局仲良くしてた女たちも離れていって、ここ最近じゃ、一緒に酒を飲むのはワンかタケオか私ら二人だけになっちゃったんだよ。マリーは別に気にもしてない風だったけどね。

 その生活が一変したのが先週の火曜日だよ。あの日はマリーは朝からおおはしゃぎだったね。何でもタケオと一緒にアパートを見に行くんだって言って、持ってる服の中で一番上等なヤツを着てシュライクに出かけていったんだよ。

 それがさ、半日もしないうちに帰ってきて、また様子が変なんだ。ぼーっとしてさ、こっちの言うことも聞こえてなくて、思わず叫んだらその場にぱたって倒れちまってねえ。慌てて私とジュディスでヌサカーン先生のとこへ連れていったんだよ。原因は不明で、先生大喜びしてたね。あの先生、変な病気とか原因不明だとか聞くと目の色が変わるだろ? まあ、マリーはすぐに気がついて先生ってば見てておかしいぐらい落ち込んでたけどさ。

 それで、先生の出してくれたお茶を飲みながら話を聞いたらさ、タケオが死んだって言うんだよ。十二時過ぎにシュライクに着いて、タケオのアパートまで行ったら、IRPOの印のついたテープが張り巡らされてて入れなかったんだって。それで近くの人間とっ捕まえて聞いたら、二〇三号室の人が殺されてるのが見つかったって聞いて、慌ててIRPOに向かったんだって。

 どうやらタケオは親なしだったらしくてね、二年前に一緒に住んでたばあさんが死んでから一人だったせいで身元確認ができなくて、IRPOでも困ってたらしいんだよ。そこに飛び込んできたのがマリーってわけさ。

 かわいそうに、マリーはタケオの死体とご面会。タケオに間違いないってことで、簡単に話を聞かれて帰されたんだけどね、それからはもぬけの殻になっちまって、仕事もまったくしなくなっちゃったのさ。

 ……本当にかわいそうに。タケオのこと愛してたんだねえ」

 そこで女が小さく鼻をすすった。

「タケオが死んじまってマリーは落ち込んでたんだけどさ、その間にもワンはちょくちょく来てたんだ。

 たいていは家の前でぶらっとして帰るだけだったんだけどね、昨日の……何時だっけな。――ああ、九時過ぎだ。スクランブルの横の路地ですごい大声で喧嘩をしててね。『この人殺し!』って、そりゃあ、普段からは想像もできないほどの剣幕だったよ。相変わらずワンはへらへらしてたけどさ。

 そのうちワンが振り払うように逃げ出してさ、マリーは追いかけたんだけど、見失ったみたいで、家に帰っていったんだ。

 それがだよ? 今朝たまたまここを通りかかったらワンとマリーが腕を組んで家から出てきたんだよ。そりゃもう驚いたね。

 理由を聞こうとしているうちに路地を曲がってっちまって、追いかけようとも思ったんだけど、まあ、何かあるんだろうなって思って家に帰ったのさ。

 と、まあ。知ってることはとりあえずこんだけだね。ちょっとは参考になったかい?」

「参考になったもなにも!」

 ヒューズが音を立てて椅子から立ち上がった。

「超重要証言だぜ! あんた最高! 惚れちまいそうだ!」
「よしてよ。あんたみたいな鼻のひん曲がった男より、そっちの綺麗な兄ちゃんの方がいいに決まってるだろう?」

 そう言ってリズは私に視線を投げて寄越した。……どうもこの女は少々苦手だ。

「ははっ! まあそんなこと言うなよ。マジでサンキュー!」

 ヒューズが『投げキッス』(と以前ヒューズが言っていた)を飛ばすと、女が思いきり顔をしかめる。

「きったねーモン飛ばすんじゃないよ! だいたいねえ、投げキッスってのはこうやるんだよ!」

 言うなり女は私に向かって、ヒューズと同じ動作をした。

 前言撤回。私はこの女がとてつもなく苦手だ。


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