◆The Adventure of the Aimed Man
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 まったく想像できない。いや、元が元なだけに私の頭が拒絶しているんだろうか。

「めちゃくちゃフットワークの軽いヤツだったんだな」

 お前にとってはそこが重要なのか。

「まさに。女のいるところならどこにでも現れるようなヤツだったそうだ。彼の仲間もそれには驚きを通り越して呆れていたらしい」

 ヌサカーンが洩らした一言に私たちは反応した。そう、彼の仲間なら、あの日、彼がどのような行動を取ったのかわかるかもしれない。さらにはうまくいけば容疑者も浮上する。シュライクで新たな情報が手に入る可能性もあるが、今集められる情報はとりあえず集めておきたい。

「なあ、その仲間ってやつを――」

 ヒューズがそう言いかけた時、ふいに扉が開かれ、男が情けない声を上げながら入ってきた。

「先生、ちょっといいかい?」
「おや、腕が腫れているね。また喧嘩でもしたのか?」
「まったくその通りでさ、これは折れてるかもしれねえ」

 人間の年齢でいうと二十四、五歳ぐらいだろうか。男は右腕を抱えたままよろよろと待合室に入ってくると、ヌサカーンの前に腕を突き出した。なるほど、ものの見事に腫れ上がっている。これはただの打撲ではなさそうだ。

「ふむ。こうやるとどうだね?」

 ヌサカーンが彼の腕を掴んだ瞬間、絶叫が部屋にこだました。

「なるほど。確かに骨にひびが入っているようだ。ちょっと我慢したまえ」

 そう言うとヌサカーンは羽織っていた白衣を脱ぎ、彼の腕にかざした。そして次に白衣を取り去った瞬間、まるで手品でもしたかのように、男の腕は腫れも引き、もう一方の腕と同じ状態に戻った。

「先生、いつもすまねえな」
「何、別に気にしないでくれたまえ。それより頼みごとが一つあるんだが」

 ヌサカーンはそこまで言って、私たちへと振り返り、こう言った。

「この男が、例のワン・ヤオの仲間の一人だ。どうぞ心行くまで質問したまえ」

 私は今まで彼はただの病気好きの変態妖魔医師としか思っていなかったのだが、この時ばかりはそう思っていたことを懺悔したくなった。この薄暗い部屋の中にも拘らず、彼の背後には後光が見えて、思わず目を細めてしまうほど、今しがた彼から発せられた言葉はありがたいものだったのだ。

「な、なんだ? こいつら」
「こういうもんだよ」

 証明書を手にヒューズが自己紹介をする。私もとりあえず写真だけ見せておいた。

「IRPOか。……ワンの捜査に来たのか?」
「ご名答。ちょうどワン・ヤオの仲間を探しに行こうと思ってたとこに君が飛び込んできたってわけ」

 勧められた椅子に腰掛けた――シーファンと名乗った――男の目の前へと移動し、ヒューズは次々に質問を投げかける。私は横でその会話を書き取っていく。いつものスタイルだ。

「じゃあ、今回も女は絡んでたんだな?」
「ああ。まあ、絡んでない方が珍しいんだけどよ。今回の女はまたケバい女だったぜ。確か、マリーとか呼ばれてたっけな。あんた、裏通りの武器屋知ってるかい? ――ああ、そうそう。あの地下鉄跡のすぐそばのさ。あそこでウリやってんだけど、なかなかの美人でさ。昨日の晩見かけた時は何か喧嘩してたけどな。原因は知らねえ」
「ちょっと待て。それ何時ごろだ?」
「そうだな。スクランブルに行く前だから九時過ぎかな」

 『スクランブル』とは裏通りにある、彼らが溜まり場にしている酒場らしい。

 それよりも重要なのは時間だ。調書によると、ワン・ヤオが殺害されたのは午後九時半から十二時の間。そこから考えると、ワン・ヤオが最後に一緒にいた人間がそのマリーという女性である可能性は高い。この考えは性急かもしれないが、もしかすると痴情のもつれで彼女がワン・ヤオを殺したとしても不思議ではない。

「いやあ。思ったよりも証言が取れるな。これなら解決も早いかもな〜」

 呑気な声でヒューズが呟いた。結局、あのシーファンという男にはワン・ヤオの人柄や、その他ちょっと疑問に思ったことをぶつけるだけに終わった。だが、この時間を持てたことで、ワン・ヤオという人物は私たちが今まで想像していた人物とはいささか違ったタイプの人間なのだと気付いた。

『なあ、頼むよ。アイツ殺したヤツ、絶対に捕まえてくれよな』

 出て行く直前にシーファンが言った言葉。そしてチャン・ウェーや薬局の店主の言葉。確かに彼はどうしようもない男だったかもしれないが、必ずしもそれだけだった、というわけではなさそうだ。

「よし。それじゃあそのマリーちゃんとやらを探しに行くか」
「おや、もう行くのかね。せっかく茶を用意したんだが」

 奥から盆にティーカップを乗せたヌサカーンが現れた。一見普通の紅茶に見えるが、匂いが何か怪しい。――これは危険だ。

 危険を本能的に察知した私たちは「気持ちだけもらっておく」と伝えて医院を飛び出した。扉を閉める直前にヌサカーンの呟きが耳に飛び込んでくる。

「まったく、最近の若者は新薬の開発に携わろうという社会貢献的な気持ちはないものかね……」

 やはり想像していた通りだった。


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