◆The Adventure of the Aimed Man
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 うずくまってしまったチャン・ウェーを抱えるようにして、ヒューズは礼を言った。膝を抱えて泣き続ける青年の頭を撫で、色々と話しかけている。彼が泣いている人間によくする動作だ。

「あのさ、サイレンス。悪いけど、俺もうちょっとこのにーちゃんに付き合うからさ、お前はあの店のおっちゃんの証言取ってきてくれよ」

 そう言ったとたん、チャン・ウェーが顔を上げた。

「俺を疑ってるんですか? そうなんでしょう? 俺がヤオを殺したって……!」
「違う違う! あんたのアリバイを確認して、あんたを容疑者から外すためだよ」

 収まりかけた涙をまた流し始めた青年を諭しながら、ヒューズは私に向かって手を払った。「さっさと行け」という意味らしい。

 見ていても仕方がないので薬局へと引き返し、扉を開けようとしたところではた、と気付いた。よくよく考えたら、私が店の主人と話をしなければいけない。どうすればいいのか。

 少し考えて私は筆談をすることにした。文字を書くというのも億劫だが、しゃべることに比べればいくらかマシだ。そう考えて巾着の中からしまったばかりの手帳を取り出す。『事件当夜のチャン・ウェーの行動を教えて欲しい』。よし、これで完璧だ。

「ああ、さっきの……。チャンは? チャンはどうしたんです? まさか署に連れて行かれちまったんじゃないでしょうね!?」

 詰め寄ってきた主人に『心配はない』とジェスチャーで伝える。代わりに先ほど書いた手帳を主人の目の前に突き出した。

「何です? 『事件当夜のチャン・ウェーの』……。何だこの字? あ、『行動』か。『行動を教えて欲しい』? どうでもいいけど旦那、もうちょっと丁寧な字でお願いしますよ」

 本当にどうでもいい。書き慣れていないだけなんだ。放っておいてくれ。

「それで、チャンのことですね。昨日は夕方の六時から来ましてね、十二時に店を閉めた後、色々と話を……いや、変な話じゃありませんよ。よかったら勉強して薬剤師の資格でも取ったらどうだいって言ったんですよ。チャンの奴、愛想はいいし、利口だし、こっちの言うこともよく聞いてくれるんでね、よかったら薬剤師になってうちの店で正式に働かないかって話をしたんですよ。そしたらアイツ、学校に行く金がないって言うんで、そのぐらいだったら俺が出してやるよって。学校行きながら、うちの店で働いて、免状取れたらすぐに雇ってやるよってねえ。

 そんな話をしているうちにあまりに遅くなっちまったんで、さすがに寝るかって話になってアイツも帰ったんですよ。それからちょっとしてパトカーの音が聞こえてね、何だって表に出たら、アイツのアパートの前にパトカーが止まってるんですよ。ビックリしたの何のって。慌ててアパートまで走って行ったら、ちょうどチャンがおまわりと一緒に出てきたところで、真っ青な顔して今にも倒れそうなんですよ。どうしたんだって聞いても答えられないような有様でねえ、仕方なしにチャンと一緒にいたおまわりに聞いたら『同居人が死んでいるって通報があって』って言ったんですよ。

 ここだけの話ですけどねえ、旦那。あの殺されたワン・ヤオって男はどうしようもない男でねえ。まあ、男前で女受けもいいんですけど、手癖が悪いのなんの。以前はどうか知りませんけどね、チャンと一緒に暮らし始めてから、女が包丁持って飛び込んできたり、夜道でいきなり殴られて、調べてみたら自分の女を寝取られた男が犯人だった、っていうのが一度や二度どころじゃないんですよ。

 チャンもあんなヤツなんかほっときゃいいのに、何だかんだと世話を見てやってねえ。ほら、アイツ女みたいな面してるでしょ? だからダメ亭主と女房だー、なんて近所では言われてましたけどね。

 ああ、そう言えば、昨日もちょっと騒動があったんですよ。チャンが来て二時間ぐらい経ってたから、ちょうど八時ぐらいですかね。急にワンの野郎が来て、薬くれって言うんです。よく見たら、頭から血を流してるんですよ。左眉毛の上あたりをね。頭ってよく血が流れるって言いますけどね、ちょっとひどすぎたんでチャンに言って、病院に連れて行かせたんです。裏通りに、モグリなんだけどいい医者がいてね。ちょっと変わった先生なんだけど、魔法が使えて、軽い傷だったらそれでちゃっちゃと治してくれるんですよ。

 あ、旦那。その先生逮捕しないでくださいよ。治療はするんですけどね、金なんて全然取らないんですからね。あの先生いなくなったら裏通りのヤツら生きていけねえんです。お願いしますね。

 それで、三十分ぐらいしてチャンが帰ってきましてね、あの馬鹿野郎はどうしたって聞いたら、とりあえず部屋に連れて帰って、大事を取って寝かせましたってね。それからはさっき話した通り、二時半までうちでずっと一緒にいましたよ」

 これほどまでにおしゃべりな男がありがたいと思ったことはなかった。こちらが聞かなくても、勝手に話をして勝手に情報をくれる。実際、調書には書いていなかった被害者の怪我のことも話してくれた。まあ、そこら辺は最初に話を聞きに来た奴がぬかった、とも考えられるが。

 しかし、ただ一つだけ聞かなければいけないことがあった。大方の予想はついているが、一応聞いて確認を取っておかなければいけない。そこで、手帳に走り書きをすると、店主に突き出した。

「は、何ですこれ? ……あの、全然読めないんですがね」

 走り書きが過ぎたか。書き直さなければ。

 そう思ってもう一度ペンを握った私に店主が言葉を投げかけた。

「旦那、言ってくれた方が早いと思うんですがね。別に耳が聞こえないってわけでも――ヒッ!」

 驚いて思わず羽を出してしまったのがいけなかったのか、店主が小さな悲鳴を上げた。慌てて頭を下げ、羽をしまう。どうも喋らなくても、感情的になると羽が出てしまう。一生直せないのだろうか。

「もしかして旦那、妖魔なんですか?」

 店主のその問いかけに頷く。当たり前だ。どこの世界に蝶の羽の出る人間がいる。

「じゃあ、知ってるかもしれませんねえ。さっき言ってた裏通りのその先生、ヌサカーンって名前なんですけどね。ワンの野郎もよくお世話になってる先生だし、何か聞けるかもしれませんよ」

 やはりそうだったか!

「わわ! 旦那、また羽が出てますよ!」

 私はそんな店主の叫び声を聞きながら店を飛び出した。ちょうど裏通りに出たところで、こちらに向かってくるヒューズとチャン・ウェーに出くわす。チャン・ウェーが私の姿を見て目を丸くしたが、わざわざ羽をしまっている暇はない。今はヒューズに聞いたことを伝える方が先だ。

「どうしたんだよ、羽おっぴろげちゃって。何かわかったのか?」

 それに何度も頷いて、手帳を差し出す。「相変わらずきったねー字だな」と文句を言いながら文字を追っていたヒューズの視線がある一点で止まる。

「おい。この医者ってのはまさか……」

 彼の言わんとしていることがわかり頷く。とたんにヒューズの顔が輝き、力いっぱい肩を叩かれた。

「でかしたぜ、サイレンス! こりゃ何かわかるかもしれねえ!」

 事態が飲み込めずきょろきょろとしているチャン・ウェーをよそに、私とヒューズは駆け出した。もちろん行き先はヌサカーン医院だ。ここからなら歩いても五分で着く。

「あ、気をつけて帰れよ! じゃーな!」

 途中、ヒューズが振り返り、チャン・ウェーに手を振る。彼は呆然としたままだったが、はっと気付いて軽く手を挙げると、私たちとは反対に、薬局へと向かって歩いていった。


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