◆The Adventure of the Aimed Man
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「なんで、さっさと言わねえんだよ!」

 本部に着いて、ようやくいつもの調子を取り戻したヒューズに、先ほどシップの中で発見したものを見せると、返ってきたのはそんな言葉だった。

 ひどい。ひどすぎる。私がせっかく気を利かせてやっていたのに。

 殴られた頭を抑えつつヒューズに例の手紙を差し出すと、彼は何度か目を走らせた後、またしても大声で怒鳴った。

「これ、超重要資料じゃねーか! 何で黙ってたんだ、馬鹿野郎!」

 もう一発殴って来たので、こちらも羽を広げて応戦した。哀れ、ヒューズは鱗粉まみれだ。口の中に入ったらしくやたらと咳き込んでいる。

 ふん、理由も聞かずに私を殴った仕返しだ。――まあ、聞かれたところで答える気はないが。

「きゃっ! 何なのこの部屋!」

 ちょうど入ってきたドールが叫び声をあげた。床から机の上から、この部屋にあるものの大半に鱗粉は落ち、空気ももうもうとしている。

「サイレンス! 早く羽をしまってちょうだい!」

 ドールまでもが咳き込み出したので私は羽をしまった。仕方がない。彼女にまで迷惑はかけられない。

 結局、二人揃ってドールに大目玉を食らうことになってしまった。彼女の理論から言うと殴ったヒューズも悪いが、黙っていた私も悪いそうだ。……仕事には一切情を挟まない、極めて彼女らしい意見と言える。私もまだまだ捜査官としては甘いということか。

「とにかく! 二人できちんと掃除すること! わかったわね?」

 そう言い残して彼女は出て行った。残された私とヒューズは、一切口を利かず、それぞれの方法で掃除をする。ヒューズは掃除機、私はモップと雑巾だ。

 床に落ちた鱗粉をモップでふき取っていると、ふいにヒューズが話しかけてきた。何の用だと思って振り返ると、彼はすぐ横の椅子に座り、ちゃっかり掃除を怠けている。――誰のせいでこんな目に合ってると思うんだ。

「なあ、サイレンス。不思議じゃねーか?」

 何がだ。それよりさっさと掃除をしろ。

「殺されたのが木田孝弘だろ? だとしたらワン・ヤオはどこにいると思う?」

 そんなこと聞かれても知るか。こっちが知りたいぐらいだ。

 しかし、心の中で悪態をついている私には気付かず、ヒューズはぽつっと呟いた。

「もし、俺だったらさ。ワン・ヤオも殺しちゃうと思うんだよな。

 だってさ、犯人はワン・ヤオに見せかけて木田孝弘を殺したんだろう? だったら、後でワン・ヤオがひょっこり現れちまったら都合が悪いじゃねーか。よーするにワン・ヤオってのは邪魔者なんだよ。だったら消すに限る、と俺は思うんだよ」

 私が犯人でもそうすると思う。自分の犯行がばれるような人間をおいそれと生かしてはおかないだろう。

「だとすれば、犯人は誰なんだ? あの手紙を書いたのが男じゃねえことはわかったが、かと言ってマリーかと言われれば違う気もしてくる」

 それはもっともだ。そう思ったとたん、ふいに頭の中をエリザベスの言葉が過ぎった。

『スクランブルの横の路地ですごい大声で喧嘩をしててね。「この人殺し!」って、そりゃあ、普段からは想像もできないほどの剣幕だったよ。』

 マリーは井波武雄を殺した人間はワン・ヤオだと思っていた。ならば、直接ワン・ヤオ自身を殺すはずだ。何も彼に見せかけて木田孝弘を殺す理由はない。

 そうだとすれば、誰があの手紙を書き、木田孝弘をクーロンまでおびき寄せたのか。

「俺たちの知らない人間、もしくは白だと思ってる人間がやったのかもしれないぜ」

 にやりとヒューズが笑う。事件にのめりこんでいる時の顔だ。

「よし。そうなったらちゃっちゃと掃除は終えて、マンハッタンに行こうぜ!」

 最後にワン・ヤオが目撃されたマンハッタン。生死はともかく、彼の足取りを掴むのが先決だ!

* * *

「やあ。久しぶりだねえ」

 マンハッタン署についた私たちを出迎えたのは意外な男だった。

「エレードさん! あんたここに配属になってたのか!」

 エレード署長――元クーロン署の署長であり、現マンハッタン署の署長だ。本部の特別捜査課出身のこの男は、言わば私たちの大先輩(とヒューズやレンが言っていた)になるらしい。

 背は高く、がっしりとした体格で、険しい灰色の瞳と真っ黒な髪の毛を後ろになでつけ、いつも心持ち背を反らしている。頭も切れるやり手の捜査官で、本部にいた頃は全犯罪者の敵と言われるほどだったらしい。四十五を過ぎて署長になってからもその行動力と捜査の腕は変わらず、椅子にふんぞり返ってばかりいる他の署長とは一線を画している。

 何せ、この男が署長だと捜査がやりやすい。何が重要で何が不要か瞬時に見分け、こちらが捜査に来た時にはすでにきちんとお膳立てしてある。また、管轄内で起こったことはたいてい彼が片付けてしまうため、本部への捜査委託も少なくて済む。自分が捜査官だった頃に望んでいたことをやっているまでだと言うが、実際は彼自身が動きたくて堪らないのだ、とうちの課長が笑いながら言っていた。

「ちょうどいいところに来た。君たちにいい知らせと悪い知らせがあってね。本部へ連絡を取ったところだったんだ」
「いい知らせと悪い知らせ? こういう時は悪い知らせから聞いた方がよかったんだっけ?」
「うむ。それが精神的なダメージは少ないだろうね。では悪い知らせだ。うちの捜査官がへまをやってね、寸でのところで捜索中の男を取り逃がしてしまった」
「それって木田孝弘のことかい?」

 ヒューズの言葉に署長は頷き返した。――そういえば、写真の男の手配は木田孝弘で出していたな。

 とにかくそれが悪い知らせだというのならば、いい知らせの方はかなり期待できそうだ。

「で、いい知らせってのは?」
「まあ、そう焦るな。その男を取り逃がしてしまった捜査官というのはね、普段はなかなか切れる男なのだが、ちょうど前日に奥さんと些細なことで喧嘩をしてしまってね。どう謝ろうかと考えているうちに男から目を離してしまったんだ。その隙に男はいなくなってしまったというわけさ」

 ……もったいぶらずに早く教えて欲しい。

「翌日彼は男を見失った場所から捜査を続けた。前日、私がいささか怒り過ぎてしまったのだが、それが彼に火をつけたようでね。彼はどちらかと言えば、叱って伸びるタイプの人間で、どうやらそれが功を奏したらしい」
「ってことはもしかして……!」

 ヒューズが思わず身を乗り出すと、署長は胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。


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