◆The Adventure of the Aimed Man
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 シュライク署で手続きを済ませ、私たちは木田孝弘のアパートへと向かった。

 あいにく部屋には誰もおらず、鍵もかけられたままだったので、アパートの管理人に開けてもらい、その小さな部屋へと足を踏み入れた。

 この部屋もまた、井波武雄のようにほとんど物のない部屋だった。ゴミ置き場のようなヒューズの部屋とは、本当に同じ人間の男なのだろうか、と思えるほど違う。目立つものと言えば、机の上に飾られた写真ぐらいか。

「これが死んだっつー親御さんだな……。それにしてもワン・ヤオに驚くほど似てやがる」

 笑顔で写っている一組の親子。両親の間に挟まれて笑っている男は、資料の写真よりもずっとワン・ヤオに似ていた。

 その写真から視線を外すと、横に黒い本のようなものが置かれていた。ページをめくってみると、それが日記帳だとわかった。

「日記書いてたのか。マメな男だな」

 ヒューズには一生無理だろうな、と思いながら一枚ずつページをめくっていく。何枚かページをめくった時、思わぬものを目にしてふと手が止まった。

「な、なんだこりゃ……?」

 めくったページに書いてあったのは井波武雄に対する恨みの言葉だった。他にもないかとページをめくると、数週間に一度、思い出したかのように同じようなことが書いてある。書かれている内容からすると、井波武雄を見た日にそれが書かれていることがわかった。

「おい、友達じゃなかったのかよ」

 高校で聞いた担当教諭の言葉を思い出す。まるで無二の親友であるかのように言っていたではないか。

「これなら他のにも書いてある可能性があるな」

 ヒューズは木田孝弘の机の引き出しをあちこち開けて、ついに同じような日記帳を五冊見つけ出した。

「それが今年のヤツだろう? それからこれが去年、おとどし……ん?」

 パラパラと日記帳をめくっていたヒューズの声に、その手元を覗き込む。日付は三年前の三月だったが、そこに書かれている内容は先ほどのものとは違い、井波武雄に対するとても好意的な内容だった。

 井波武雄とオウミに旅行に行ったらしく、その時のことが事細かに記されている。昼食、夕食のメニューから井波武雄がこう言った、ああ言ったと、よくここまで覚えているものだ、と思えるほどびっしりと書いてあったが、文章のどこからも先ほどの恨み言の片鱗は感じられなかった。

『本当に楽しい旅行だった。……こんなに楽しい時間を一緒に過ごせる友達がいて、僕は本当に幸せだ』

 日記の最後はそんな言葉で締めくくられていた。

「三年前っつーと、親御さんが亡くなった年だな……。この頃は本当に幸せだったんだろうなあ」

 彼の両親が死んだのはこの年の七月だ。まさか、この日記を書いた時点では、数ヵ月後にそんな不幸に見舞われるとは思いもしなかっただろうに。

 日記にはもちろん、両親が死んだことも書いてあった。かなりショックを受けたのだろう。それからしばらくは両親のことと、彼の内面的なことばかりが続いていた。どうやらよく井波武雄とも会っていたらしい。これもまた、彼に対する好意的な内容だ。

「何度も家に来て、慰めてくれるなんてめちゃくちゃいい友達じゃねえか。何でまた……」

 同じような内容ばかり続くのを目で追いながら、日記帳のページをただめくっていく。それを十分ほど続けた時だった。

『今日、居留守を使ってしまった。最近タケオと会うのが億劫でたまらない』

 その一文を境に雰囲気はがらりと変わった。始めは自分がいかに落ち込んでいるか、それが彼にはわかっていない、と言った内容だったのが、徐々に変貌を遂げ、ついには憎しみを込めて彼のことを綴るようになっていた。

 彼の生活はあまり変わってなかった。辞めた仕事の代わりにアルバイトをしつつ、たまに井波武雄を含め、高校の友人たちと遊ぶ。そんな生活だった。しかし、内容は三月の旅行の時とは打って変わり恨みと妬みに満ちたものだった。

「こんなに変わっちまうもんかねえ」

 もう一度、今年の日記帳を取り上げ、ページを追っていく。先ほど読んだページを追い越し、さらにページを進めると、事件前日の日記があった。

『タケオから電話があった。結婚をするらしい』
「おい、これだけか?」

 その日はそれ以外のことは書いてなかった。急いで翌日へと目を走らせる。そして、そこで決定的なものを見つけたのだ。

『タケオを殺した。許せなかったからだ。俺がこんなに不幸なのに、あいつは幸せになるなんて不公平だ。だから、公平になるようにタケオを殺した』

 理不尽極まりないその理由に呆然とした。妖魔の中にも戯れで他者を消滅させるような者がいるが、なぜかそれよりももっと理不尽さを感じた。

「とんでもねえ……。とんでもねえよ……」

 ヒューズは何度も日記を読み返している。その顔は半ば放心状態だ。

「……おい、サイレンス。本部に戻るぞ」

 アパートの管理人に礼を言うと、私たちは車に乗り込んだ。いったんシュライク署に戻り、木田孝弘の日記帳を捜査資料として持ち帰る許可の手続きをしてから、パトロールシップに乗り込み、そのまま本部へと向かった。

 シップに乗っている間、普段は寝てるかしゃべってるかしているヒューズだが、今日は珍しくずっと黙りこくったままだった。その横で押収した日記帳をめくっていると、最後のページから何かが零れ落ちた。

 拾ってみると、それは白い花のあしらわれた封筒で、中には便箋が一枚だけ入っている。紙質からしてさほど高価なものではないようだ。消印はなかった。どうやら直接ポストに放り込まれたもののようだ。

 宛先はもちろん木田孝弘だったが、封筒の裏には誰の名前も書いてなかった。仕方がないので中の便箋を開く。

 そこには、『井波武雄について話がある。本日夜九時半にクーロン龍爪地区225-1-201で待つ』とだけ記されていた。――ワン・ヤオの部屋だ。

 しかし、書かれている文字は男の字とは思えなかった。第一、ワン・ヤオのような男がこんな封筒で手紙を出すだろうか。

 ヒューズに意見を求めようとして横を向いたが、彼はまだ深く考え込んでいるようだった。この展開に彼も少なからずショックを受けたのだろう。今はそっとしておいた方がいい。そう思って、私は一度伸ばしかけた手を、膝に載せた日記帳の上へと戻した。


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