◆The Adventure of the Aimed Man
(15/19ページ)
持ち帰った骨と、チャン・ウェーが持ってきてくれた浴槽の排水溝に残っていたワン・ヤオの髪の毛とを本部で照合してもらっている間に、私たちは疑問を一つずつ潰していくことにした。もちろん、それはあの骨がワン・ヤオではない、という仮定のもとでの作業であったが。
「もう一回シュライクに行こう。とにかく事件現場周辺での聞き込みをしまくるぞ」
捜査とはもともと地道なものだ。ただひたすら疑問を明かし、パズルを組み合わせていく。そのためのピースを見つけ出すため、私たちはまた井波武雄の自宅へと向かった。
しかし、何もかもがうまくいくわけではない。アパートの住民から、その周りに住む住民にまで話を聞いて回ったが、結局目撃者は見つからなかった。
「こういう住宅街って、知らないヤツのことは誰も知らないんだなあ……」
殺されたのは若い独身の男性だ。それだけに周りとの近所付き合いもほとんどなく、彼のことに注意を払っている人間もほとんどいなかった。
来て早々壁にぶつかってしまい、私たちは頭を抱えることになった。これ以上にどう手がかりを探せばいいというのだ。できればあちらから転がり込んで――。
そこまで考えて、ふと頭に浮かんだのが卒業アルバムだった。井波武雄と木田孝弘とを繋ぐ唯一のもの。ならば、それで何か手がかりがつかめないだろうか。
ヒューズにそれを伝えると、私たちは数日前に足を運んだ高校へと向かった。
同級生の所在はすぐにわかった。同じクラスだった男が一人、教員として赴任してきていたのだ。
前と同じ応接室に通された私たちの前に現れたのは髪を短く切りそろえた青年だった。レンと雰囲気が似ている。
「……妙な噂があるんですよ」
困惑した表情でそう言った男に私たちはすぐに食いついた。
「どんな噂なんだ? 詳しく聞かせてくれよ」
「それが……木田が井波を殺したっていう……」
「何だって!?」
思わず思考が停止した。木田孝弘が井波武雄を殺した? どういうことなんだ。
「同級生の間で広まってるんですけどね、井波が殺された時に、アパートから出てくる木田の姿を見た奴がいて……」
「そいつの名前は?」
「田原、田原比呂志って言うんです。あ、地図書きますよ」
彼は手元にあった紙にさらさらと地図を書いていった。時折説明を加えながら、ほんの二分ほどで地図は完成した。
書いてもらった地図に従い到着したのは、シュライクの住宅街ではさほど珍しくもない青い屋根の家だった。
インターホンを押して顔を見せた母親に案内され、応接間でしばらく待っていると、外で自転車の止まる音が聞こえ、すぐに帰りを告げる声が聞こえてきた。
「……どうも。あの、何かご用ですか?」
入ってきた青年――彼が目撃者の田原比呂志――が、明らかに戸惑った様子でソファに腰を下ろす。
「いや、ちょっと噂を聞いてここまで来たんだけど。率直に聞くよ。井波武雄が死んだ日に彼のアパートから出てくる木田孝弘を見たって本当かい?」
それを聞いたとたん、彼の顔に動揺が走ったが、すぐに先ほどと同じ顔に戻った。
「見た、んだな?」
「はい」
「どんな様子だった?」
「すごく慌ててました。――俺、昼からバイトでちょうど井波のアパートの前を通ってバイト先に行くんです。それで、ちょうどその日もアパートの前通ったんですけど、その時に木田がアパートから飛び出して来るのを見て。
声をかけようとも思ったんです。だけど、何かすごい――鬼気迫るっていう感じの顔をしてて」
「それ、何時頃だい?」
「十二時……十分過ぎぐらいだと思います。バイトが十二時半からだったんで」
彼が木田孝弘を目撃した時間。それは井波武雄が殺されたとされる時間と一致していた。
「こりゃ、木田が犯人で決まりだな……」
そう呟いてヒューズは複雑な表情をこちらに向けた。
「あの……」
重い沈黙を打ち破って、田原比呂志が言葉を発した。
「俺、もう一人見たんですよ。たぶん、木田の知り合いなんだと思うんですが……」
「だ、誰だ? どんなヤツだ?」
「その、若い女の人です。木田の後を追っかけていったから、知り合いなんだと思います」
「どんな女だ?」
「赤いワンピースを着てました。髪は薄い茶色でウェーブしてて。綺麗な顔なんだけど、少し化粧が……」
「もしかして、この女かい?」
ヒューズが慌てて手帳の中からマリーの写真を取り出した。
「そう! この人です!」
彼は何度も写真を手に考える仕草をしていたが、やがて写真をテーブルの上へと置いた。「間違いありません。この人です」
晴れ晴れとした田原比呂志とは対照的に、こちらは新しい疑問にぶつかり頭を抱えてしまった。シュライク署で読んだマリーの調書、そしてエリザベスから聞いた当日のマリーの話と、今聞いたことが矛盾しているからだ。
マリーはシュライクについてすぐ、井波武雄の死体を見たのではなかった。木田孝弘の後を追いかけ、もう一度現場に戻り井波武雄の死体と遭遇したのだ。
「……木田孝弘の家を知ってるかい?」
「え? あ、知ってますけど」
唐突にそう切り出したヒューズに、田原比呂志は驚きながらも木田孝弘の家を教えてくれた。ここから十分と離れていない。
「よし、こうなったらさっそく行くぞ。協力してくれてどうもありがとう!」
見送りに来た彼とその母親に頭を下げると、私たちはシュライク署を目指して車を発進させた。
[1] 次へ
[2] 前へ
[3] IRPOトップへ