◆The Adventure of the Aimed Man
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彼の後を追いかけやってきたのは表通りにあるレストランだった。確かあのサングラスの男が経営していたような、と考えていると、案の定店の前で掃除をするあの男を見つけた。
「よう、ルーファス」
ヒューズが片手を挙げて挨拶をすると、男はサングラスの奥の目を少しばかり細めた。
「また珍しい組み合わせだな」
「患者の葬儀があったもんでね――いや、人間だよ」
ヌサカーンもこの男とはやや親しいらしい。そう答えるとルーファスは小さく頭を下げて「ご愁傷様で」と呟いた。
「席は空いてるかね?」
「ああ。少し待っていてくれ」
それだけ言うとルーファスはいったん店の中へと入り、小さな皿に塩を盛って出てきた。それを私たちの体にさっと振りかける。クーロンやシュライクで行われる『清め』だ。葬儀から戻ってきた人間には塩を振るい、体についた『穢れ』を落とす。
死を穢れだとするのはいくつかのリージョンで見られる思想だ。その理由はわからないが、死を忌み嫌う人間としては至極もっともなことなのだろう。私たち妖魔も消滅を忌み嫌うが、人間のような思想は持ち合わせていない。私たちが嫌うのは自分が消滅することであって、他の者の消滅など別段気にも留めないからだ、とヒューズは言うが、それもまた少し違う。
まあ、人間とは根本的な考え方が違うので、彼にはわかりにくいのかもしれないが。
「しかし、あっけないもんだな」
席に落ち着き、食事を取りながらヒューズがぼやく。
「それは君たち人間が一番よくわかっていることなのではないかね?」
出されたパスタをつつきながらヌサカーンが尋ねる。普段の何を考えているのかわからない表情とは少し違い、真剣さが見てとれる。彼も少しはワン・ヤオに思い入れがあったのだろう。
「そう辛気臭い顔をするな。料理がかわいそうだろう」
焼きたてのピザを運んできたルーファスが軽く眉をしかめた。
「そんなこと言ってもさ、さすがに葬式の後で笑いながら食事はできねえな」
「そこまで言ってないだろう。――親しい者だったのか?」
その言葉にヒューズは首を横に振る。「いや、事件の被害者さ」
「私にとっては馴染みの患者でね。ワン・ヤオだ。君も知っているだろう?」
ヌサカーンがそう言うと、ルーファスは一瞬はっとしたような顔をした。
「あの男、死んだのか」
「知らなかったのか? 二日前に部屋で殺されたんだよ」
「――そうか。どこか危なっかしい男だとは思っていたが」
「一時ごろ、また骨を拾いに行くのだが。よければ君もどうかね?」
それを聞いてルーファスは考え込んでいたが「わかった」と一言だけ返した。
「うちにもよく顔を出していた男だ。できるのなら、せめて最後の別れぐらいはしておこうか」
* * *
結局、一時までレストランで時間を潰した私たちは新たにルーファスを加えて空き地まで戻ってきた。
残っていたのはチャン・ウェーとシーファンだけだったが、ほどなくして他の者たちもぞろぞろと集まりだし、そのうちの何人かが焼けた木やわらを取り除き、私たちはワン・ヤオだった骨と顔を合わせることとなった。
「この後、皆でスクランブルに行こう、という話があるんですけど、皆さんもどうです?」
皆で骨を壷に収めている最中、憔悴しきったチャン・ウェーがそう聞いてきた。ルーファスは店があるから、と断りを入れたが、ヌサカーンやヒューズが行くと言ったので、私も付き合うことにした。もしかしたらそこで新たな情報を手に入れられるかもしれない。
「おや?」
ふいにヌサカーンが声を上げた。手に持った骨に顔を近づけ、何度も見返していたがふいに「おかしい」と呟く。
「どうかしたか」
彼の手元を覗き込んだルーファスにヌサカーンは骨を突き出し、とんとんと一部を叩いた。
「おかしいのだ。骨折の跡がない」
「骨折ぅ?」
ヒューズの上げた声に皆が顔を上げた。わらわらとヌサカーンの元へと集まってくる。
「見たまえ。ここだ」
皆に見えるように少し骨を持ち上げると先ほどと同じように一部分を指す。
「ワン・ヤオはひどい骨折をしてね、跡が残っているはずなのにそれが見当たらないのだ」
「そんなの残るもんなのか?」
シーファンがヌサカーンの顔を見る。
「もちろんだ。二千年前の人骨からだって骨折の跡は見つかるものなのだよ」
「二月にこっちに帰って来た時にギプスをはめていたんです。マンハッタンで喧嘩して腕を折ったって」
「そうだ。確かぽっきり折れちまってって言ってましたよ」
あちこちからそんな声が飛び出す。
「そう。ギプスを外したのは私だがね、念のためレントゲンを撮ったところ、きちんと骨折の跡があったのだ。だが、これにはどうかね?」
差し出された骨を丹念に見てもそんな跡は見当たらなかった。
「おい。骨の場所は合ってんのか?」
「馬鹿にしないでくれたまえ、ヒューズ君。これでも私は医者だよ」
いささか怪しい医者だが。
「だが、そうなると……」
残っているはずの骨折の跡はない。つまり、骨折はしていなかったのだ。しかし、ヌサカーンがこんな嘘をつくとも思えない。そうだとすれば、残っている可能性はただ一つ――。
「木田孝弘……」
やはりヒューズもそこに辿り着いたか。
頭の中に二人の顔が浮かぶ。赤の他人とは思えないほどそっくりな顔。同居人のチャン・ウェーでさえ死んでいる顔を見て気付かなかったのだ。
「おい。葬式はやめだ。この骨はIRPOで預かる。それからチャン」
「は、はい」
「ワン・ヤオの痕跡が残ってるもんはまだあるか? 髪の毛とかヒゲとか、唾や血でも構わねえ」
「あると思いますが……」
「じゃあ、今すぐ探してきてくれ!」
ヒューズが急き立てると、チャン・ウェーは慌てて自宅へと向かった。
「おい、どういうことなんだよ」
「もしかして、別人なのか?」
方々からそんな声が上がる。ヒューズはそれをなだめると、さっと人差し指を立てた。
「まあ、事件は解決してから教えてやるよ。ただ一つ。この骨はお前たちのワン・ヤオじゃないってことだ!」
その途端、数時間前まで人々のすすり泣きに満ちていた空き地は、狂喜と歓声に包まれた。
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