◆The Adventure of the Aimed Man
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朝の目覚めは最悪だった。
せっかく入れた耳栓は枕の上に転がり、隣りの工事の音と、その反対側から聞こえてくる大いびきに挟まれ、私は深いため息をついた。時計を見ると、午前七時だ。
だいたいなぜこんな朝早くから工事などするのだ。「ほんの三日間ですから」と言っていたが、その三日間ですら、私にとっては苦痛なのだ。
昼間、勝手に工事をしてくれるのなら別に一週間かかろうと文句は言わないのに。
それから、と目線を隣りに向ける。この腹を丸出しにして寝ている男だ。なぜ、こんな爆音の中で目覚めないのか。睡眠時は一時的に感覚が絶たれるように出来上がっているのか。
ものは試しと少しだけ揺すってみる。起きない。今度は軽く彼の頬を叩いてみる。やっぱり起きない。足で軽く蹴ってみたがそれでも起きない。
最終手段とばかりに妖魔の剣で突付いてみる。もし、これでも起きなかったらどうしたらいいのだろうか。ドールに援護でも頼むか。
数回ちくちくと突付いていると、彼が低いうなり声を上げた。目はまだ覚ましていないが、少しばかり反応はしている。
これはいけると思ってさらに数回突付いてみると、何度か剣をかわすように寝返りを打った後、ようやくヒューズは目を覚ました。
焦点の定まらないままこちらを見つめていた瞳がみるみる見開かれていく。
「おおおおお前、何してんだー!」
次の瞬間、そう叫んで彼は飛び起きた。大成功だ。これからはこれでいこう。そう思うと、気付かぬうちにほくそえんでしまったのだろう。こちらを見ていたヒューズの顔がさっと青ざめる。
「ま、まさかお前、俺を殺る気でいたのか? 俺の方が優秀だからか? 俺の方がモテモテだからか?」
残念だがどちらも違う。しかし、彼は完全にパニックに陥ったようでこちらの説明を聞こうともしない。仕方がないので、目覚まし時計を放り投げてやった。
「なんだー! 今度は時限爆弾か!」
馬鹿か、お前は。
警戒心丸出しでこちらを見てくるヒューズの手の中から時計を取り上げると、黙って時計の針を指差す。すでに七時半近くだ。
しばらくそれを呆然と見ていたヒューズは、こちらの格好と時計の針からようやく私の言いたいことを理解したようで、ふっと拍子の抜けた顔をしたが、その直後には怒声とも悲鳴ともつかぬ声で、こちらに罵詈雑言を浴びせてきた。
それをしれっとした顔で聞き流していると、彼もようやく落ち着いたのだろう。ぶつくさと文句を言いながらも出かける準備を始める。
昨日と同じよれよれのシャツの上にジャケットを羽織り、汚れたズボンをはくと、やけにごてごてとしたベルトを締める。バックルがよくわからない紋章になっている革のベルトだ。
何でもお気に入りの店で購入したらしく、買った当初はしきりに自慢していた。かなり高額なものらしい。羨ましそうに眺めていたレンの顔が思い出される。
「よっしゃ! 準備完了!」
適当に顔を洗って部屋に戻ってきたヒューズは、すでにいつものヒューズに戻っていた。顔を拭ったものと同じタオルでブラスターを磨いている。よくわからん男だ。
「今日も一日、善良な市民のためにがんばるぜ! オー……ってお前、ノリ悪いな。ほら、がんばるぜ! オォー!」
合わせて腕を上げてやるとそれで満足したのか、ヒューズはどたばたと玄関へと走っていった。私もその後を追う。
今日も長い一日になりそうだ。
* * *
ヒューズの気合に反して、その日一日は何も収穫がなかった。行方不明のマリーの居場所もわからず、木田孝弘の所在もつかめない。考えてみれば、ヨークランドやオウミはともかく、クーロンやシュライク、そしてマンハッタンなどの大型リージョンでは数千万もの人間が暮らしているのだ。その中から一人二人を見つけることなど、たった一日では不可能だ。
しかし、何も収穫がない日は疲れだけが残るもの。やっていることは昨日と同じなのに、余計に疲れたように感じるのはやはり気持ちの持ちようなのだろうか。家に帰ってからふと覗き込んだ鏡の中に映る自分の、どこか血の気のない顔を見てそんなことを考えた。
こんな疲れた日は早く寝るに限る。どうせ起きていたとしても事態は何ら変わりはしないのだ。それに明日の朝は早い。ワン・ヤオの葬儀に呼ばれていて朝九時にはクーロンに行かなければいけないのだ。
誘いをかけてきたのは珍しくもあのヌサカーンだった。
「まったく、人間の命はなぜこんなにも儚いのかねえ」
似合わない台詞を吐いたヌサカーンの横で、私たちは立ち上る煙を見上げていた。
裏通りでも端の方にあたるこの空き地で、静かにワン・ヤオの葬儀は行われた。どこかのお偉方のように派手なものでなく、本当に知人が集まってひっそりと死者を弔う。
空き地の中央に据えられた、わらと木切れでできた台の上に、鮮やかな色彩の布で覆われたワン・ヤオの遺体が置かれ、参列者の一人一人が火をくべていく。ただそれだけのものだった。
クーロンの裏通りで生きる人間のほとんどは、本当に貧しい。その日食べるための金を稼ぎ、硬く汚れたベッドで一日の疲れを癒す。それを何十年と続けていく。
もちろん、そんな生活をしている者たちが、どこかの建物を借りて葬儀を行うような金を持っているはずもなく、こうしてどこかの空き地を使って遺体を燃やすというのが、ここでの慣習となっているのだと、こちらに向かうシップの中でヒューズが教えてくれた。
ワン・ヤオの葬儀は、その中ではまだ良い方らしい。あの鮮やかな色の布がその証拠だ。話を聞いてみると、どうやらあの薬局の主人が買ってきたという。
結局、葬儀に集まったのは同居人のチャン・ウェーと薬局の主人、ワン・ヤオの仲間でシーファンと名乗ったあの男とその友人らしき者が二人、そしてジュディスとエリザベス、その他娼婦らしき女が数人と私たちだけ。残念ながらマリーの姿はなかった。
炎に包まれた遺体の燃える匂いと、皆のすすり泣く声、そしてパチパチと炎のあがる音。それに混じって遠くから聞こえてくる裏通りの喧騒。
しばらくそれに耳を澄ませていると、ふいにヌサカーンが土を踏む音が聞こえた。
すぐそばにいたチャン・ウェーに何か話しかけると、私たちに手招きをして歩き出す。思わずヒューズと顔を見合わせたが、とりあえず彼の後を追い、私たちもまたその場から離れた。
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