◆The Adventure of the Aimed Man
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「それがね、実はさっき言った怪我というのが交通事故でねえ。
知ってるかな? 三年前にハイウェイの武王陵インターで降りようとしたタンクローリーがハンドルをきり損なって、防音壁に衝突した挙句、炎上した事故があったんだよ。タンクの中は空だったから、火災自体はそんなにひどいものではなかったんだけど、ちょうど運悪くそこに居合わせた車が数台、巻き添えを食ってしまってね。その中の一台がちょうど旅行から帰ってきた木田君と親御さんだったんだよ。不幸なことに彼の親御さんはその事故でお亡くなりになってしまってね。まあ、辞めた理由はそこにあるのかもしれないと思ったんだけど、さすがに聞く気にはなれなくてねえ」
「そりゃそうですよねえ」
「うん。彼も明るく振舞ってはいたんだけどね。仲のいい親子で、ご両親もよくうちに挨拶に見えてたし、休日もよく家族で出かける話を聞いてたから、余計にかわいそうでねえ」
親を亡くすというのはどういう感覚なのかはわからないが、ヒューズの言葉で言えば『心の拠所を失くす』というものらしい。
『親ってな、絶対にいなくならないって錯覚しちゃうんだよ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないのにさあ。だからいなくなった時に後悔しないように、今のうちに親孝行しとかないと』。連休のたびにそう言ってヒューズは故郷に帰る。それを見送りながら、人間にとって親とはどんな存在なのだろう、といつも考えさせられるのだ。
「他に親戚は?」
「ちょっとわからないな」
「そうですか……。お時間取らせてしまってすいません」
社長に礼を言い、私たちは事務所を後にした。ちょうど階下に降りてきたところで、両手に怪しげな部品を抱えたレッドが飛び込んできた。
「なんだ。もう帰るのか?」
「ああ。とりあえず聞きたいことは聞いたからな。それよりレッド」
「ん? 何だよ?」
「親御さん、大事にしろよ」
肩を叩いてそう言ったヒューズを、レッドはわけのわからないものを見る目で見ていたが、やがてこくんと小さく頷いた。
「うんうん。素直でよろしい。じゃーなッ!」
それだけ言うとヒューズはさっさとパトカーへと向かって歩き出した。
「おっさん、変なものでも食ったのか?」
レッドにそう聞かれたが、私にもわからないのでとりあえず首を傾げると、彼も同じ仕草をした。
「おい、烈人君!」
「あ、今行きます! それじゃ、仕事がんばれよ!」
お前もな、と思い手を振る。レッドはそれに応えると、奥へと向かって走っていった。
* * *
その後、私たちはヒューズの「腹が減った」の一言でマンハッタンへと向かった。行く先はいつもと同じファーストフード店だ。カウンターで蜂蜜(これは何かにつけて食べるために用意されているらしい)をたっぷりもらい、ようやくテーブルについた時には午後八時になろうとしていた。
「はーあ。結局進展はナシかあ」
馬鹿でかいバーガーにかぶりつき、ヒューズがため息をついた。私はと言えば、もらったドリンクカップの中に蜂蜜を入れ、ストローで飲んでいる。ハンテンボクほどではないが、このクローバーの蜂蜜もなかなかうまく、ここに来た時にはいつも頼んでいる。
「ほーんとに参っちまうよなあ。ややこしいの一言だぜ。もっかい洗い直した方がいいのかな」
確かに木田孝弘の所在が掴めない以上、そうするより他に方法はない。それ以前に彼が事件に関係しているかもまだわからないのだ。むやみに彼だけを追いかけるのもよくない。
「全然全貌が見えないんだよなー」
一つ目のバーガーを平らげたヒューズがテーブルの上に新たに手に入れた木田孝弘の写真も含めて、四枚の写真を並べた時だった。
「もう、イチゴのシェイクおいしいのに。後で欲しいって言ってもあげないよ?」
「そんな甘そうなもん、頼まれても飲みたくない」
聞き覚えのある声がこちらに近付いてきた。ふいに振り返るとちょうど彼らと目が合う。
「あー! サイレンスだ! ヒューズもいるー!」
どんな人間の毒でも抜きそうな笑顔で近付いてきたのは、銀髪の髪を後ろで結んだ術士だった。その後ろには同じ顔ながら仏頂面の金髪の男が立っている。これが双子の兄とやらか。驚くほど良く似ている。
「ふん。誰かと思えばIRPOの無能捜査官か」
「言ってくれるねえ。人を人と思わない鬼畜術士さん」
「人以下のヤツにそう言われてもな。だいたい人を殴るしか能がないくせに――」
「ちょっと、ちょっと!」
一瞬にしてどす黒い空気に満たされた二人の間にルージュが割って入った。まったく、彼もこんな導火線に火のついた爆弾のような兄を持って、さぞ苦労する生活を送っているんだろう。心なしか髪の色もくすんで見える。
「ごめんね、ヒューズ。ブルーは今ちょっと機嫌が悪いんだ」
「ほーう。欲しいおもちゃを買ってもらえなかったのか?」
「ううん。おもちゃじゃなくてウォーターベッ――うわッ!」
最後まで言う前にルージュはブルーに半ば引きずられるように店の奥へと連れて行かれた。腰を落ち着けた先で、兄の文句を言う声がこちらまで聞こえてくる。それに対してルージュは泣きそうな顔で、しばらく何か反論をしていたが、急に立ち上がり、こちらへと歩いてきた。
「ルージュ!」
兄の怒声に返事をすると、ルージュはこちらへ来て、いきなり私の目の前に手を突き出した。
「はい、これあげる。サイレンス蜂蜜大好きでしょ。僕、二個もらったから一個あげるね」
なんと優しい人間なんだろう。ヒューズとは大違いだ。ついでにあの兄とも。
「お仕事本当に大変だね。がんばってね。――ってあれ?」
テーブルの上に視線を移したルージュが間の抜けた声をあげた。
「この人、どうかしたの?」
指差していたのはワン・ヤオの写真だった。しかし、首をひねって木田孝弘の写真にも指を指す。
「双子? うーん、どっち……」
「どっちでもいい! 知ってるのか!?」
勢い余って、ヒューズの座っていた椅子が派手な音を立てて倒れた。それを気にもせず、ヒューズはルージュの肩を掴むと必死に問い詰める。
「おい、教えてくれよ! こいつらを探してるんだよ!」
「えっとね、さっき……」
ルージュがそこまで言ったその時、ヒューズの頭にげんこつが落とされた。うめき声を上げてうずくまったヒューズの後ろに視線を移すと、例のブルーとかいう鬼畜術士(らしい)が立っていた。
「それが人にものを聞く態度か。この無能」
『捜査官』が省略されている。彼の中ではもはやヒューズは捜査官ではなくなったらしい。
「もう、ブルーもいきなり殴るなんてひどいよ。大丈夫?」
ルージュが手を差し伸べると、それに掴まるようにヒューズが立ち上がった。よほど痛かったのだろう。あのヒューズが涙目になっている。
「まったく乱暴な……。それよりルージュ、さっきどうしたって!?」
「うん。さっき、その人をデパートの寝具売り場で見たんだ。色んなベッドに座ってたよ?」
思わずヒューズと顔を見合わせる。ワン・ヤオか木田孝弘か。とにかくどちらかがこのマンハッタンに、しかもすぐそばにいる可能性がある――!
「よし、サイレンス! 行くぞ! それと今回のはチャラにしてやるぜ、ブルー!」
残された食事もそのまま、掛け声と共に私とヒューズはファーストフード店を飛び出した。
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