◆The Adventure of the Aimed Man
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 引き返したシュライクでまず署に立ち寄り、調査資料閲覧の許可証を得た私たちは、ついでにパトカーを借り、井波武雄とあの木田孝弘という男の出身校に向かった。ちょうど下校時間に当たったのか、通りすがりの生徒たちがちらちらとこちらに視線を投げかけてくる。

「やだ。あの人、超カッコイーけどコスプレ?」
「でもぉ。あんな人が白馬に乗って迎えに来てくれたら、アタシ落ちちゃうかも〜」

 白馬? そんなもの私は乗ったことないぞ。

「人気だねえ、王子様。手でも振ってやったら?」

 ヒューズがそう言うので彼女たちに手を振ったら、「キャー!」と絶叫で返された。その絶叫の意味はまったくわからなかったが、横のヒューズは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。

「おうおう。よくモテますこと。――なんでお前ばっかり」

 落ち込んでいるようだったので、そっと肩に手を置いたら「憐れむな!」と叫んで頭を殴られた。

「やだー。あの男サイテー!」
「うるせえ! 高校生は帰っておとなしく勉強でもしてろ! まったく、チャラチャラしやがって!」

 これ以上放っておくと生徒に向かってブラスターの引き金をひきそうだったので、暴れる彼の襟首を掴んで校舎へと入っていく。靴を履き替えると正面にあった事務室へと向かった。

「よろしかったら、担当の教諭から話を聞かれてはいかがでしょうか?」

 受付の女性はそのまま私たちを応接室へと案内し、しばらく経って、年を取った男性と、少し年配の女性とを連れて戻ってきた。

「どうも。IRPOです」
「ご苦労様です。まあ、おかけになって」

 年老いた男性(校長だ、と言っていた)と、先ほどアルバムに載っていた女性の向かいに腰を下ろし、持参した卒業アルバムを開いた。

「井波君と木田君ですね。ええ、よく覚えていますとも。大変仲の良い二人でしたから」
「友達だったんですか?」
「ええ。私は一年と三年で担任になったんですけども、入ってすぐに仲良くなって、それ以来は本当に何をするにも一緒でしたよ」
「それで、卒業してからどうだったかわかります?」
「私もさすがにそこまでは……。ああ、でも進路ならわかりますよ」

 彼女は手元の資料を開いた。二人の成績が数字で評価されている。

「井波君は上百舌学園大学の経済学部に、それから木田君は株式会社中島製作所に就職したのだけれど……ちょっと地図持ってきましょうか?」
「あ、その場所なら知ってます。どうぞお構いなく」

 中島製作所。聞いたことのある名前だ。確か、『お好みセット』とか言う……いや、違う。『お好みラット』だったか……思いだせんがまあいい。とにかくレッドと名乗る少年について行った記憶がある。

「何もお役に立てませんで」
「とんでもない。大変助かりました。ありがとうございます」

 情報を集めて、私たちは学校を後にした。言わずとも行き先はわかっている。中島製作所だ。

 中島製作所はこのリージョンの動脈とも言われるシュライク・ハイウェイのグレートスロープ出口を降りて少し行ったところにある、メカを製作している小さな会社だ。小さいとはいえ、その技術力は非常に高く、IRPOでも何かと世話になっている会社である。工場内には完成品、試作品を問わず様々なメカが並び、メカを扱う部類の人間からすれば一番馴染みのある場所だ。逆に妖魔からすれば一番縁の遠い場所だと言える。

「やあ、あんたたちは確か……」
「ども〜。IRPOのもんです」

 出迎えてくれたのは社長の中島正太郎だ。同じ太っている人間とはいえ、あのクーロン署の署長とはまったくタイプの違う人当たりのいい男だ。握手をされたが嫌悪感もない。

「ま、立ち話もなんだし、ちょっと上にでも」

 社長が案内してくれたのは二階にある小さな部屋だった。ここが事務所らしい。簡素な応接セットに向かい合って座り、ヒューズが話を切り出そうとしたその時だった。

「あれー? ヒューズとサイレンスじゃねえか。どーしたんだよ?」

 茶を持って現れたのは見慣れたサボテン頭だった。ああ、こいつだ。『お好みセット』!

「お・こ・の・ぎ・れ・っ・と、だよ。お前、事件関係者の名前はすぐ覚えんのにその他はさっぱりだな。それよりレッド。お前、こんなとこで何してんの?」

 なぜわかったのか、ヒューズは訂正を加えると、レッドにもらった茶をすする。

「烈人君は私の知り合いの息子さんでね。バイト先を探してるって聞いたんで、それならとうちで働いてもらってるんだよ」
「ま、そーいうわけ。それより……もしかして事件なのか?」

 急にレッドの目がキラキラと輝きだす。元からの彼の性質なのか、それともアルカ……いや、言わないでおこう。とにかく事件の好きな彼は身を乗り出してこちらが話し出すのを待っている。

 しかし、そんな彼にちらりと視線を投げかけ、ヒューズは手を払った。

「あのな、今からするのは大人のお話なの。お子様はあっちに行ってな」
「何だとー? 俺だってもう大人……」
「まったく聞き分けのねえボウズだな。ばらしちまうぞ。アルカ……」

 ヒューズがそう口にしたとたん、レッドの顔色がさっと変わる。意味がわからない社長はぽかんとしているが、その言葉はレッドを黙らせるのには十分すぎるほどだった。

「どうぞごゆっくりな!」

 そう叫ぶとさっさと部屋を出て行く。残された社長が不思議そうに首を傾げた。

「アルカ? アルカリ乾電池かい?」
「いやいや、お気になさらず。こっちの話ですよ。な、サイレンス」

 目配せに頷きで返すと、ヒューズはようやく話を切り出した。

「なるほどねえ。でも残念ながら彼はもう、うちにはいないんだよ」
「ええ〜!?」

 木田孝弘の話をすると、先ほどまで笑っていた社長の顔が申し訳なさそうな表情に変わった。うまいこと進んでいたが、とんでもない壁にぶち当たってしまったというわけだ。

「まあ、ちょっと待ってくれ」

 社長は椅子から腰を上げると、机の上にある分厚いファイルを持ってきた。開くとここの社員の雇用証明書や給料明細が出てきた。

「ふーむ。三年前の七月の支払いが最後だね。この前に少し怪我をしてね、数週間休んでいたんだけど、退院して戻ってきてちょっと経った頃に急に辞めたいと言ってきたんだ。休んだことを気にしてるのかと思って言ってみたんだけど、そうでもないと言うし、ここの雰囲気が合わないのかと聞いても違うと言うし。結局原因はわからずじまいだよ」

 人間にとっての、さらに言うなれば事件にとっての三年は長い。その三年の間にまったく行方が掴めなくなっていることが多いからだ。もちろん、ヒューズもそれをわかっていて深いため息をついた。

「こりゃまいったな……」
「すまないね。彼がメカならまだ探知できたんだが。探知機でも搭載しておいた方がよかったかな」

 顔に似合わず恐ろしいことを言う。四六時中見張られる生活なんてご免だ。

「……そういや両親は? 彼の親御さんはどうしてるんです?」

 そうだ。学校の書類には連絡先が書いてあった。一応メモは取っていたのだが、まだそこにいるかはわからない、ということで先にここに来たんだ。彼の親なら何か知ってるかもしれない。

 だが、予想に反して社長の顔は暗かった。


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