◆the Supernova
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「お前は俺が何かしようとするたびに邪魔をする! お前さえ、お前さえいなければ俺はこんな目に合わずに済んだのに!」
それは今にも崩れようとしている足場で、必死に足を踏ん張り叫んだ一言だった。何が足元を崩そうと働いているのかはわからない。しかし、ここで踏ん張らなければ間違いなく自分はあの日感じた絶望にまた押し潰されるという恐怖があった。そうだというのに、それを邪魔するものがあった。ふと気が遠くなるような感覚は、ルージュを殺して以来、たびたびブルーを悩ませるものだった。仲間が言うには意味不明ともとれる言葉を言う時があるが、決してルージュの人格だとは言い切れないという。ブルー自身も頭のどこかでルージュだろうとは思っていたが、彼の人格がはっきりと表に出てくることはほとんどない。ちょうど一人の人間を内包しているように、ブルーという人格の一部にルージュという人格が僅かな住処を得ている状態で融合後の彼らは出来上がっていた。しかし、普段ははっきりとしているブルーとルージュの境界線がぼやけてくる時がある。そうなった時、自分がブルーなのかルージュなのかわからなくなるという。そしてその中でもごく稀に、時間としてはごく短いものだが、ルージュの人格がブルーの肉体を支配する時間がある。
今がその時なのだと頭の端で考えながらも、手が勝手にペン立ての中からペンを一本取り出す。左手でページをめくり、現われた真っ白なページに手が勝手に字を連ねていく。だが、ブルーの意識が失われることはない。ただ体が言うことを聞かないまま、机にペンを置いたところではっと我に返った。
「何だったんだ、今のは……」
融合してからたいていのことは珍しくもなくなったが、それでも今のことは奇妙としか言いようがなかった。ブルーでもルージュでもない時、もしくはルージュである時にはブルーの記憶はない。いや、初めの頃ははっきりとあったのだが、時間が経つにつれて記憶がないようになってきた。それがどうして、と考えたその時、そういえばここに来た時もそうだったと思い出す。意識ははっきりとしているのに体は別の意志を持っているように動く。それはマジックキングダムに戻ってきてから初めて起こったことだ。
「このリージョンに何かあるのか、それともルージュの力が強くなっているのか」
口に出して考えをまとめようと思ったが、ふと落とした視線に先ほど自分の手が勝手に書いた字が入ってきた。この字は自分のものではない。ならばやはりルージュが体を乗っ取ったのだ。だが意識が乗っ取られることなく体だけが乗っ取られるということは、考えていたこととは反対に、ルージュの力は弱まっているのだろうか。ならばいずれルージュという人格は完全に消えてしまうのか。そう思って初めて、ブルーは味わったことのないような恐怖を感じた。それはぞくりと背中を駆け抜け瞬く間に消え去ったが、頭には未だその恐怖が残っている。それを振り払う何かを必死に考え、目の前の文章を必死に目で追った。急にそうしてみても頭が追いつかず、しばらくはただ文字に目を走らせるだけだったが、やがて恐怖が薄らいでいくのと同時に、文字が意味を成した文章としてブルーの頭の中に飛び込んできた。
「なに、『二人で見たかった』?」
中途半端に理解した文章をもう一度最初から読み直す。『これをできることなら一人でなく、二人で見たかった』とある。ブルーはふとその意味を探して日記から目を離した。見たかったも何も、今こうして二人で見ていることにはならないのか。何をどうして、一人ではなく二人でと言うのかということを突き詰めた果てにある一つの意味にたどり着く。
「いかにもお前が考えそうなことだな」
彼のような育ち方をしたのならば、そう考えるのにも無理はないような気はする。――もちろん、それはブルーにとっては今の今まで考えつかなかったものではあるが。
そうすればおのずと日記の最後の一文と繋がりがあることにも気付く。ルージュがあの日、何を決意して日記を書いたのか。それがたった今書かれた文章に答えとなって現われていた。
ブルーを再び言いようのない恐怖が襲う。自分が何をこんなに恐れているのかすらわからない。だが、何かが引っかかる。それも先ほど味わったもの以上に、大きなものが。ルージュの書いた文章のせいなのか、それとも他に要因があるのか。それを見極めようとした時、ノックの音と共にブルーへと呼びかける声がした。はっと窓の外を見れば、まだ昼間ではあるが、ここに来た時よりは明らかに日が傾いてきている。
「何か手がかりでもあったのか?」
外から呼びかけてくる声を適当に流すと、慌てて日記を閉じる。なぜか、これは誰にも見せたくないような気になった。きっとこの恐怖の正体も、なぜキングダムがこうなったのか、自分とルージュの秘密をなぜ教えてくれなかったのかを問い詰めていくうちにわかるだろう。そう思い直すと恐怖はいくらか薄らいだ。しかしまだ残っているものがある。対決の直後から彼の中でくすぶり続け、ルージュが書いた日記を読むことでその広がりを大きくした何かは消えるどころか、さらに膨張をし続けているようにも思える。
しかし、それにばかり構ってもいられない。そうだ、それもいずれは――とようやく立ち上がり、扉へと近づく。そしてそこでふとブルーは振り返った。もう二度と訪れることはないであろう部屋に別れを告げるようにぐるりと見渡し、最後に机へと視線を向ける。午後の柔らかな日差しだけを見れば、外にモンスターがうろついているとはとうてい思えない。そんな恒久の平和すら思わせるような日差しの中、茶色い皮表紙がぼんやりと鈍い光を打ち返していた。
今度はブルー自身の意志で再び机へと歩み寄り、その革表紙へと手を伸ばす。
「暇つぶしにはなるだろうからな」
まるで言い訳でもするかのようにそう呟いて、ブルーはそれを懐へと忍ばせた。
外で待ちくたびれていた仲間に声をかけ、ブルーは建物をさっさと後にした。外から改めて見ると、なるほどルージュのいた部屋だけでなく、この建物そのものがブルーのいた学院とそっくりなことにようやく気付く。ただ違うのは掲げられているエンブレムだろうか。ブルーのいた学院が銀と青であったのに対し、ここに掲げられているのは金と赤だ。
「何から何までそっくりでその実違う、か」
双子とはそのようなものなのだとふと思ったが、それもすでに手遅れなことだと自嘲する。今は抱いている疑問を晴らすことの方が先だと言わんばかりに進み続け、しかし、まるで一歩進むごとに栄養を得ているかのように胸に広がり続けるものも大きくなっていく。
やがて、彼の求めていたものはあっけないほど簡単に与えられた。ルージュと融合したあの時感じた一体感の正体も、今さっき出てきた部屋で見た新生児たちを見て瞬時に理解した。人為的に双子にされ、相手を殺すことでしか一人には戻れなかった。それは、ブルーのしてきた行いが正しいことを語りかけていたが、それで気持ちが晴れることなどあるはずがない。
ルージュの日記を忍ばせた辺りがちりちりと痛んだ。
「結局、俺には封印を復活させる道しか残されていないというわけだ」
胸の痛みを鎮めるように手をあてそう吐き捨てた。どうせ決められた道を突き進んできたのなら、その道がなくなるまで突き進んでやればいい。突き進んだ先に自分の行く先を阻むものがあるのなら――そうだな、今度は骨身が砕けるまでぶつかってやるのもいい、と思いまた一歩を踏み出す。
彼についてきた仲間はよほど変わり者ばかりらしい。ブルーに最後までついていくと言う。馬鹿な奴らだ、と思うと同時に、ルージュにもこういう仲間がいたのだろうかと考えたが、元々自分たちは一人だったのだから、今こうしているのはルージュも同じだと自分に言い聞かせる。
地獄の入り口だとおぼしき場所にたどり着いたその時、皆がブルーを待ち焦がれたかのような目で見つめてきた。誰も彼も完全な術士となったブルーを称え、彼の帰還を心より喜んだ。だが、それにブルーは吐き気を抑えられない。むしろ殺意すら覚える。
だいたい皆勝手に過ぎるのだ。誰一人として、ブルーをブルーとして気にかける者などいない。ただ封印を復活させることのできる術士が必要なだけなのだ。それがたまたまブルーであっただけで、彼でなくとも、ルージュでも、そうですらない他の術士でも、封印を復活させられる者なら誰でもよかったのだ。こんな時になってそんなことに気付いてしまい、もはや虫の息の術士をにらみつけたが、一瞬の後、ブルーのその瞳は大きく見開かれることとなる。
「お前たちは本当の……」
その言葉を理解したとたん、胸の中で広がっていたものがひときわ大きく膨らみはじけたような気がした。一体何だったのか正体は分からずじまいだったが、確かに今ブルーの中で何かが膨らみ爆発した。
対決を終えたその直後から彼の中で膨らみ続けていた、得体の知れない何かが。
|| THE END ||
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