◆今年も君と
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七発目の花火が上がる。あと三分。あと三分で新しい年が来る。考えてみれば、本当に今年は色んなことがあった年だった。学院の修士課程を終えて、終了式で突然双子の兄を殺せと言われて。わけがわからないまま外に放り出されて、そこでたくさんの人と会った。皆色んな理由で旅をしていて、それに付き合っているうちにどんどん時間が過ぎて、気がつけば自分で道を決めないといけないところまで来て。
ブルーが言うように僕は甘い人間なのかもしれない。僕が負けた原因はそこにあるんだとブルーは言う。だけどね、初めて会ったあの時に、君に死んで欲しくないって思ったから、僕の分まで生きて欲しいって思ったから僕は負けたんだよ。結局、それは君に最悪の現実を押し付けることになってしまったけど。
崩壊した町も、少しずつだけど復旧している。この数ヶ月の間にどんどん人が集まって、今までと比べると小さいけれどこうしてお祭りもできるようになった。そうやって今年が終わって来年が来て。それを僕は、僕たちは生きて迎えることができるんだね。
今年最後の一分間を告げる花火が空に咲いた。ねえ、ブルー。今年が終わるよ。ああ、今のうちに言っておこう。色々とあった一年だったけど、僕は本当に幸せだったよ。仲間がたくさんできて、そしてそれ以上に君と一緒に暮らすようになって。失ったものも多かったけど、その分得たものも多い。だから――。
ふいに隣に人の気配がして振り向くと、なぜかそこにブルーがいた。……僕は幻覚まで見るようになったんだろうか。
「おい」
そう言ってブルーの幻影はあごで空を指した。ドン、と音がしてさっきと同じように花火があがる。そろそろテン・カウントじゃないのかな。
「こうやって見るのもいいもんだな」
落ちる火の粉の音と共に、そんな言葉が早口で答えた。それに空を見上げたまま頷く。頷きながら、ああやっぱりこれは僕の見ている幻覚なんだって思った。だって、ブルーがいきなりこんな場所に来て、こんなことを言うはずがないもの。だけど、もういいや。幻覚でも何でも、こうやってブルーと一緒に年の替わる瞬間を過ごせるのなら。
一秒ごとに上がる花火と共に広場にいる皆が声を上げる。あと三秒。あと二秒。あと一秒。
次の瞬間、空がぱっと明るくなった。それと共に広場からどっと歓声がわく。目に映る全ての人が笑って肩を抱き合う。ああ、年が明けたよ。僕らの新しい一年が始まったよ。さあ、本物のブルーにおめでとうって言いに帰らないと。
立とうとして視線を落としたその瞬間、ふっと目の前が暗くなった。続いて唇に暖かな感触。一度離れて、次はもっと強く。それが離れた時にそっと目を開いて、ようやく僕は隣にいたブルーが幻覚なんかじゃないことに気付いた。だって僕の前にあったブルーの顔は、いつものようにキスした後のどこか照れくさいような顔だったから。そのとたん、なぜかすごく恥ずかしくなってきて大きめのマフラーの中に顔を埋め込む。ほっぺたがかっかして、きっと周りから見たら、この暗がりでも僕の顔が真っ赤になっているのがわかってしまうんだろう。でも、この寒さでもしばらくは収まりそうにない。
ちらりと横を見ると、ブルーも同じようにマフラーに顔を埋めていた。一見、平然とした顔をしているけど、よく見たら耳が真っ赤だ。でもそれを指摘したら、今度は怒りで顔を真っ赤にすることはわかってるから、絶対に言わない。代わりに少し腰を浮かせてぴったりとくっつくように座り直すと、無言で腕を回してきた。だから僕も同じようにブルーの腰に腕を回す。
目の前では新年を祝う歌が賑やかに響いていた。それに合わせて、広場中の人が踊る。皆、すごく幸せそうだね。僕も今、とっても幸せだよ。
ぱたぱたと音を立てて、小さな女の子がやってきた。しきりにぐいぐいと僕の腕を引っ張って、どうやら踊りに誘ってくれているみたいだ。せっかくのお誘いを断っちゃ悪いかな。でもどうしよう、とブルーを見たら驚いたような表情で女の子を見ていた。
結局、僕は小さな手にエスコートされて祭りの輪へと向かった。もちろん、右手ではしっかりとブルーの手を握っている。後ろを振り返ると、少しふて腐れながらもやっぱりブルーはついてきていた。きっと一緒に暮らしだした頃は振り払われた手もそのままで。
輪に近づくと女の子は来た時と同じように走り去ってしまった。その先で若い女の人が少し申し訳なさそうに頭を下げた。きっとあの子の母親なんだろう。
視線を戻してブルーに笑いかけると、彼はほっとため息をついた。もしかして、少し怒ってるのかな。不安になって顔を覗き込もうとしたら、急にブルーがポケットに突っ込んでいた手を出して、さっきまで女の子が握っていた僕の手を握ってきた。
「今日だけだからな」
そう前置きをして、ブルーはステップを踏んだ。それに僕も合わせて踊り出す。周りの人と軽く肩を当てながら、それでも皆、何も言わずに手を取り合って曲に合わせて踊る。くるくる回りながら輪の中へ。一緒に踊っているとふいにブルーの口が動いた。でも、すぐそばにいる楽団の音にかき消されて聞こえない。
「なに?」
声を張り上げて聞き返すと、ブルーは少し考え込むような顔をした後、大きく口を開いた。
「今年もよろしく頼むぞ!」
今度ははっきりと聞こえたその声に僕は頷き返した。
「僕こそ、よろしくね!」
ブルーに負けないくらい大きな声を張り上げたら、ふっとブルーが笑った。今年初めてのブルーの笑顔だ。それがすごく嬉しくて僕も笑う。するとまたブルーが口を開いた。何かを呟いてまた口を閉じる。もちろん、声が小さすぎてこっちには聞こえない。でもね、今度は何て言ったのか何となくわかるよ。
だから僕も、ブルーと同じように聞こえないくらい小さな声で言った。
今年が、幸せな一年でありますように、って。
|| THE END ||
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