◆今年も君と
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外に出た瞬間、ほっぺたがちりっと痛んだ。今日は寒い。空だってどんよりと曇って、今にも白い雪がちらほらと落ちてきそうな気がして僕は家路を急いだ。賑やかな噴水広場を抜けて、教会の脇を通って、森を少し入ったところで家の明かりが見えてほっと息をつく。僕たちの家はもう目の前だ。
「ただいま」
ちゃんと聞こえるように声をかけたつもりだったけど、ブルーは振り返りもしなかった。別に怒ってるわけでもなく、それが彼の普通であることは知ってるけど、やっぱりちょっと寂しいな。
「ねえ、噴水広場でお祭りをやるみたいだよ」
隣に座り込んでそう言うと「ふうん」と興味のなさそうな答えが戻ってくる。
「ねえねえ、一緒に行って――」
「この寒い中か?」
遮るように顔をしかめてブルーが言う。そんな顔しなくっても。そりゃ、ブルーの言うとおり、今日はいつにも増して寒いけど。
「祭りなんて毎年やってるだろう。別に珍しくも何ともない」
普段は静かなキングダムが一年で一番賑やかな時。それが一年の終わりと次の年の始まりを繋ぐ夜だ。この夜だけは学院でも外出が許されて、皆お祭りを見に行ったりしていた。もちろん、家族のいる子は数日前から外泊許可が出て自分の家で家族と過ごす。お祭りを見に行ったら、そんな子とばったり、というのも少なくなかった。だけど、特別羨ましかったわけじゃない。僕のように家族のいない子も皆で出かけて、一緒に新年を祝うんだから。――本音を言えば、まったく羨ましくなかったってわけでもない。でも今年は違う。僕にだってちゃんとした家族がいるんだから。
「……そんなに行きたいんだったら一人で行け。俺は家にいる」
「そんな……」
「人の多い場所は好かん」
それだけ言うとブルーはまた手元の本へと視線を落とす。完全に行く気はないみたいだ。
「でもね、せっかく復興後初めての年越し祭りなんだから、ね?」
少ししつこいかな、と思いながらも言葉を続けると、ふいにブルーが顔を上げた。うっすらと笑っているところを見ると、もしかして一緒に行く気になってくれたのかもしれない、と僅かに希望が湧いてくる。
だけど、現実はそう簡単にはいかなかった。
「悪しきキングダムの風習が残っていたというわけだ。――残念だったな。もっと別のことだったら興味本位でのぞきに行ったかもしれんのに」
* * *
結局、僕は一人でここにいる。噴水広場のあちこちでろうそくの明かりが揺れる中、たった一人で。今年は友達もいない。本当に一人だけだ。出ていた夜店であったかいココアをもらって、まだ残っている瓦礫のレンガの上に座り込む。一口飲むと、ココアがおなかまでじんわりと染みて、わけもなく泣きたくなった。
去年までは同じように寮に残っていた友達と一緒に出かけて、たまに家族と一緒に過ごす子と出くわして――そんな当たり前だった光景がものすごく遠い日のことのように思える。でも確かに一年前はそうしていたんだ。ちょうど卒業の年だったから、来年からはこうすることもできないねって話もした。でも誰かが「だったら来年も皆で集まったらいい」って言ったんだ。来年も皆で集まって、新年のお祝いをしようって。まさかそれから半年もしないうちにキングダムが閉じ込めていた地獄の魔物に滅ぼされてしまうなんて、誰が考えただろう。遊学に出てからまったく連絡を取ってなかったせいで、皆が今どこにいるのかはまったくわからない。それどころか、生きているのか死んでしまったのかすらわからない。
そういえば、目の前を通り過ぎる人たちもあまり記憶にない。去年まではよく行く雑貨屋のおばさんとか、友達とか、たまに学院の先生とか、知ってる人たちにたくさん会えた。でも今年は知らない人だらけだ。もちろん、それも来年になればまた違ってくるんだろう。だけど今年はまだ『知らない』人だ。
やっぱり家に帰ろうかな。家に帰ってブルーと二人で静かに過ごした方がずっといいかもしれない。そう思って立ち上がろうとした時、大きな音と共に広場にいた人がざわめくのが聞こえた。見上げた空に、パチパチと音を立てながら火の粉が消えていく。花火だ。新年に変わる十分前に一発、その後一分刻みに一発ずつ、あと一分、というところで十秒おきに一発、最後は一秒ずつ花火が上がって新年になった瞬間に、いっせいにたくさんの花火が上がる。どうやら今年もそうみたいだ。そろそろ一分経つだろうか、と思ったとたんにまた大きな音が響く。
帰ろうと思っていたのに、どうしてもその花火が見たくて僕はもう一度座り込んだ。花火は変わらない。今まで僕が見てきたのと同じように、年の終わりを今年も教えてくれる。何もかもが変わってしまったキングダムで、これだけは変わらない。いや、もしかしたら変わっていたのかもしれない。でもきっと誰かが「今年も祭りをやろう」と言ってくれたんだ。そう考えただけで、その誰とも知らない人に心の底から感謝したくなった。
見ている間にも花火はどんどん上がって、あと五分で今年も終わるところでふとブルーの顔が浮かんだ。きっと、今もソファにもたれかかって本を読んでいるんだろう。ただ日付が変わるだけなのに大げさだ、と言っていたあの顔も浮かぶ。それでも僕は、君と一緒に新年のお祝いをしたかったんだ、って言ってもきっと流されるだけなのかな。でも、もうちゃんと決めてる。年が明けたら、最初に言葉を交わすのはブルーにするんだって。年が明けたら慌てて帰って、それまでは誰とも口をきかずに、真っ先にブルーに「おめでとう」って言うんだ。
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