◆Your Mistake
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「ほら、さっさと帰るぞ」

 座り込んだままの僕に手を差し伸べてくれる。数ヶ月前までは信じられないようなことだけど、今ではもう当たり前のこと。特に仲直りをした後は普段の倍ぐらい――と言っても普通の人からしたらそっけないんだけど――優しくなる。

 だから僕はそれに甘えて手を差し出した。

「どうもありがとう」

 ブルーの手はとても温かくて力強かった。術や銃ばかりを使用していた僕と違って、ブルーは外遊の間に剣や体術を身につけていたらしい。初めて外遊のことを話した時にお互いにあまりにも違った行動を取っていたのがおかしくて二人で大笑いしたのを思い出した。
 立ち上がってからも何となく手を離すのが惜しくて、僕はブルーと手を繋いだまま歩き出した。歩きながらブルーは嫌じゃないのかな、と思って顔をちらりと見たけど、別段気にした風もなかったので、そのまま森を抜けて瓦礫の山を越えて、結局家にたどり着くまで手を繋いでいた。それがまたすごく幸せで、頭の片隅で、兄弟ってこんなもんなんだな、とずっと考えていた。

「……さっきは悪かったな」

 視線を開けようとしている鍵穴に落としたままブルーが言った。

 ああ、そう言えば僕たちはつい数時間前まで喧嘩をしていたんだっけ。すっかり忘れてた。

「ううん、いいよ。気にしてないから」
「嘘を言え」

 ごまかしたつもりの一言はあっさりと否定される。

「気にしてなかったらあんな森の奥で泣いているわけないだろう」

 ガチャリ、と音がして扉が開く。

「あそこら辺は元々裏の学院の敷地だろう。それで――」

 そこまで言ってブルーははっと気付いたように僕を見た。

「――とりあえず家に入ってから話すか」

 もちろん、その問いに僕が頷いたのは言うまでもない。

* * *

 家に入ってから僕たちは色んな話をした。どちらかと言えば僕の話をブルーが黙って聞いているという形だったけど、それでもよかった。話を聞いてもらうだけで落ち着いたから。

 内容はさっきの喧嘩とは何の関係もない、今まで話したことのなかった学院での生活のこと、友達のこと、それからあの森の奥にある大木のこと。思い出してるうちに泣きそうになったけど、何とか寸でのところで止められたのは、ブルーがずっと僕の手を握ってくれていたからだと思う。

 そして、ブルーもほんの少しだけ話してくれた。数少ない『知り合い』――ブルーは『友達』ではなく『知り合い』と言っていた――の話や、自分の学院生活。「泣いたことはないの?」って聞いたら「小さい頃はな」って。一人でベッドの中で泣いていたらしい。それを聞いて、なぜだかほっとした。ああ、ブルーも小さい頃はそうだったんだな、って。僕は卒業する時も泣いていたけど。

「さて、それで本題なんだが」

 ソファに座り直したブルーが、少しだけこちらに体を向けた。

「それならもういいよ。さっきも言ったけど気にしてないし」
「いや。あいにく俺は物事にきっちりけりをつけたい性質(たち)でな」

 ブルーらしい、と思った。そうやって一つずつ物事を片付けてから次の行動に移る、というのがここ数ヶ月間で僕が知った『ブルー』という人だった。

 どちらかと言えば大雑把、と言われる僕と違ってブルーはとても神経質だ。何か気になることがあると、自分で納得できる結果が出るまで決して妥協しない。まあ、そういうこともあって僕たちはよく衝突するんだけど――。

「その、お前が出て行ってから少々言い過ぎたことに気付いた。……最初は腹が立ったままだったんだがな、冷静になってから自分の言動を振り返ってみると、お前が飛び出したのにも頷けてな」
「それで、あそこまで探しに来たの?」
「あの場所のことは知らなかったんだが、気がつけばあちらの方に足が向いていたんだ」

 その言葉を聞いて、僕は思ったんだ。僕たちは、やっぱり双子なんだって。

 外遊をしている時からそうだったけど、何となく相手のいる場所がわかる。実際、ルミナスで見かけて慌てて逃げたこともあったぐらい。

「やはり、何か惹き合うものがあるのかもしれん。だから――」

 そこで言葉を切って、ブルーはふっとため息をついた。辛抱強く次の言葉を待つ。

「だから、その――」

 何度もためらいながら、彼は少しずつ言葉を紡ぐ。やがて、決意したかのように顔を上げた。

「お前と暮らそうとしたことが間違いなど……。本心ではない」

 今までもらった言葉の中で一番嬉しい言葉だった。自分でも顔中に笑みが広がっていくのを抑えられない。ブルーもそれを見たのか、ほんの少しだけ笑顔になっている。

「……済まなかったな」
「ううん! とんでもない!」

 その言葉ですごく悩んでいたから。本当にもうダメなんだって思ってたから。

「これからも、ずっと一緒にいれるよね?」
「当然だろう。お前の存在は俺にとってプラスにこそなれ、決してマイナスにはならない」

 さらっととんでもないことを言ってのける。でも、それだって嬉しいことに変わりはない。

「僕こそ本当にごめんね。色々言っちゃって」
「色々って……。お前はただぐちぐち文句を言った後、泣きながら飛び出しただけだろう?」
「そ、それはそうだけど……」

 恥ずかしくなって思わずブルーの胸に顔を埋めた。ふいにふわりと髪の毛を撫でられる。さっきまで繋いでいたブルーの手が今度は僕の髪の毛を梳く。その仕草がものすごく優しくて、そのぬくもりをしっかりと感じたくて、僕はそっと目を閉じた。

 心臓の音が耳に響く。それはブルーの鼓動とそれから僕の鼓動。繰り返される二つの音に聞き入っていると、ふいにそれを遮る音が聞こえた。しかも重なって。

 思わず二人で顔を見合わせて、どちらともなく笑いが漏れた。

「ブルーってば、すごいおなかの音だねえ」
「そういうお前だって俺のがかき消されるほどのものだったぞ」

 よくよく考えたらお昼ご飯を食べてから何も口にしていない。時計の針はすでに七時を回ってるし、そりゃおなかも減るよね。

「ご飯食べにいこっか」
「そうだな。だが、クーロンはこの間行ったばかりだし……」
「ねえ、オウミに行こうよ! 久しぶりに魚も食べたいなあ」
「ならとりあえず顔を洗ってこい。そんな顔でくっついてこられるのは遠慮したいからな」
「うん! ちょっと待っててね!」

 そう言うなり僕は外へと駆け出して、家の裏手にあるポンプへと駆け寄る。思いっきりポンプのハンドルを上下に動かすと、乾きかけていたポンプの口から勢いよく水が溢れ出た。

 ざばざばと音を立てて溢れる水を手にすくって顔に近づけた時、ふいに手を止める。


 僕の手の中で、満天の星空が揺れていた。


|| THE END ||

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