◆Your Mistake
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ねえ、僕は。
君より不器用だし。君より泣き虫だし。
君ほど利口でもなければ、君ほど強くもない。
だけど――。
* * *
今日も一つ失敗した。他人から見ればきっとすごく些細な失敗なんだろうけど、あいにく僕の同居人である実の兄は、そんなことですら機嫌を悪くしてしまうような人で、今日もまた機嫌を損ねるついでにキツイ一言を僕にくれた。
――「お前と暮らそうと思ったのがそもそも間違いだった」。
ほとんど人のいなくなってしまったこの国に帰ってきて、二人で住み始めて数ヶ月。いかにも堪忍袋の緒が切れたような、冷たい一言だった。
きっと彼は彼なりに我慢してきたんだろう。それでも慣れない環境の中での生活で互いにストレスがたまってきていたのは確かだった。現にここ数週間、僕たちはどちらかと言えば喧嘩をしている時間の方が多かったような気がする。たぶん、今まで生きてきた中でこんなに喧嘩をしたのは初めてなんじゃないのかな。
「でも、わかってもらいたかったんだもん……」
こう言うと恨みがましく聞こえてしまうんだろうか。うん、きっとブルーは嫌な顔をするはず。
相手を理解しようとしてるのに、自分を理解してもらおうとしているのに。やっぱりそこでの衝突は避けられないものなのかな――。
「ねえ、そう思わない?」
ごつごつとした木の肌にそっと寄りかかる。
ここは僕がよく来ていた場所。今は跡形もないけれど、この少し先に僕の育った学院があった。
学院の敷地内なんだけど、普段はあまり人も訪れない森の端の方にひっそりと立っていた大木は、僕が友達と喧嘩して逃げ出した時にたまたま見つけて、それからは僕の大事な場所になった。辛いことや悲しいことがあると、いつもここに来て一人で泣いた。
僕よりもうんと長い時間を生きてきたこの木に触れるとなぜか気持ちが落ち着いて、泣きたいことがあったら必ずといっていいほどここに来て好きなだけ泣いて、落ち着くと何もなかったかのように寮へと帰ったっけ。
何て言うんだろう。こんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど――本の中で読んだ『お父さん』っていうのに近い存在だと思ってきた。黙って話を聞いてくれて、すっきりしたら「よし、いってこい。またがんばってこい」って背中を押してくれる。そんな風にいつしか思うようになっていた。
「数ヶ月前にお別れしたばかりなのにね」
照れてそう呟くと返事が返ってきそうな気がした。――ダメだね、僕は。何かあると、すぐに頼れる存在を探してしまう。
ブルーは、そんな僕のことを甘ったれだと言った。確か、三日目の晩だったかな。些細なことで喧嘩になって、極めつけに言われた言葉がそれだった。
『お前のように甘ったれて育った人間を見るとイライラする』だったっけ。あの時はあまりにもショックで、ベッドに入ってからもずっと頭から離れなくて、結局ここへ来て明け方まで泣き続けてた。やっぱり、一緒に暮らすだなんて無理なんだって。
「でも、意外と長く続いてるね」
取っ組み合いはさすがにないけど、言い合いは一日に何度もする時もある。たいていはしばらくして、どちらかが謝って終わるけど、たまに何も言わないままの時もある。そういえば、二人揃って何で喧嘩したのかすっかり忘れてたなんてこともあったなあ。
目を閉じて思い出すと、次々と浮かんでくる今日までの生活。喧嘩も多いけど、気が合う時もあるんだよね。普段は食い違ってばかりなのに、変なとこで意見が合って二人で盛り上がったり。
「こう考えると、やっぱり僕たちって双子なんだねえ」
「どう考えていたのかは知らんが、俺たちは紛れもなく双子だぞ」
ふいに声が聞こえて一瞬、心臓が止まるかと思った。ううん、たぶん一瞬止まった。
「どうした? そんなに驚いたのか?」
目の前に現れた顔に驚いて声も出ない僕に向かって、彼は無表情なままそう言った。――そんなに驚いたのかって? 驚かない方がおかしいじゃない! 急に声をかけるだなんて!
「おい。その間抜けな顔をさっさとしまえ」
ううん、まだ無理。ちょっとやそっとじゃ落ち着けないよ。だって、石になっちゃったみたいに体が動かないんだもの。
「……まさか、気絶してるんじゃないだろうな?」
ブルーが僕のほっぺたを叩く。ちょうどそれが合図だったように、ようやく体の力が抜けて、僕はその場にへたりこんでしまった。
「もう……びっくりさせないでよ……」
やっとの思いでそう言うと、ブルーは不思議そうな顔をした。
「そんなに驚くほどのものでもないだろう? 確かに少しばかり気配は絶っていたが」
「気配は絶ってたって……。それで驚かない方がおかしいでしょう?」
思わず言い返して立ち上がろうとした。でも足に力が入らない。おかしいと思って何度も立ち上がろうとしたけど、やっぱり結果は同じだった。
「何をしてるんだ?」
「え、えっとねえ……」
言うのが恥ずかしいけど、ここではっきり言わないとへそを曲げちゃうのがブルーなんだよね。どうせ適当にごまかしてもばれてしまうのは目に見えてるし。
「その……。腰を抜かしちゃったみたい……」
乾いた笑いと一緒にそう言うと、ブルーの顔がぴくりと動いた。予想はしていたけど、その時のブルーの顔ったらなかった。ぽかん、としているのが半分、呆れてるのが半分のさらにその半分、残りの四分の一は「馬鹿か」と言わんばかりの顔。となると、次に来る言葉は――。
「本当に情けないやつだな」
ほらね、やっぱり。そう言うと思ったんだ。
自分の予想が驚くほど当たって、こんな状況なのに僕はおかしくて笑いがこみ上げてきた。
さっきまで落ち込んでた反動なのか、一度口から出た笑い声は止まらなくて、息をするのも大変なくらい後から後から湧き出てくる。しまいには体を折り曲げて笑っていた。
ひとしきり笑って顔を上げると、こちらを見ているブルーの瞳とぶつかった。
「もう気は済んだか?」
「え?」
「お前が何かを変な行動を取る時はとりあえず放っておくのが一番だと思ったからな」
そう言うとブルーは得意そうにふふん、と笑った。
自分の意見に自信を持っている時、ブルーはこんな顔をして鼻で笑う。まあ、間違ってるかもしれないと少しでも思う時は絶対に口に出さないタイプだから、話をしている時はたいていこんな顔なんだけど。
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