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 むき出しになった土。踏みにじられ折れた花。崩れ落ちてほとんど元の姿を保っていない建築物とそれを構成していた瓦礫で埋め尽くされた大地。かつて緑に溢れ、人々の声が響いていた祖国の荒廃ぶりは、目の当たりにするのは二度目のルージュでさえ再び呆然とさせるものだった。

「ここら辺に学校が……」

 あくまで表の、ではあっても自分が育った学校。それが見る影もなく崩れ落ちている。

――みんなはどうしたんだろう。僕と同じ使命であっても外の世界にいて欲しいけど……。

 しかし、あまりにも人気のない町はそれすら叶わなかったことを語っていた。

 数日前に訪れた時、そこらじゅうに転がっていた死体はもうない。おそらくブルーが片付けたのだろう。それだけに地面に残ったままの血の跡が余計戦いの凄惨さを物語っていて、ルージュは一人身を震わせた。

「ブルーを探さないと……」

 そう呟いて向かったのは地下にある祭壇。あの女神像のその奥、地獄に向かう途中にあるあの施設。ブルーがいるならばそこ以外はない、と直感で思ったのだった。

* * *

 小さな水音だけが響く薄暗い部屋。そこでブルーは一人、培養液の中に浸された新生児たちを静かに見上げていた。

――俺たちもここで……。

 そこまで考えて首を振る。地獄に向かう時に、あの男が言ったではないか。「お前たちは本当の……」。そしてその後で言葉にはならずとも、微かに動いたあの口から読み取れた単語。

「そうだ。俺たちは双子だったんだ。ここで作られたのではなく、母の胎内で一つの細胞から分裂した、正真正銘の……」

 しかしその二人でさえ一人の人間になってしまったことを思えば、ここでなんらかの処置をされたことは目に見えている。地獄の君主を倒した後、また二人に戻ったからまだよかったものの、もし再び分かれることなく、一人の体の中で生き続けていく運命だったとしたら。

「俺は、正気のままでいれたのだろうか」

 そう呟いてもう一度上を向く。まだ目覚める気配のない命たち。この子供たちが覚醒するまでにほんの少しでもいいから、子供たちが平和に暮らしていける環境を作らなければ。

 ここに来てからの数日、何度も胸に誓ったその思いをもう一度繰り返した時だった。この部屋の扉が静かな音をたてて開かれたのは。


「ルージュ……」

 現れた人の姿を見てブルーは思わずその名を呼んだ。

 開かれた扉の前、どこか恥ずかしそうに佇んでいたのはつい先ほどまで思いを巡らせていた弟のルージュだった。

「どうしてここに……。お前はあの妖魔たちと……」
「それがね、僕、置いてきぼりをくらっちゃって」
「……何だ、それは?」
「あのね、朝起きたら手紙だけ残してみんないなくなってたんだ」
「ほら、僕ってのろまだから」そう言って照れたように笑いをこぼしたルージュにつられてブルーも笑い声を上げた。

 水音だけが響いていた実験室に似たような二人の笑い声がこだまする。

「君の笑ってる顔なんて初めて見たよ」
「俺もお前のそんな顔は初めて見たぞ?」
「そうだね。僕たち、こうやって笑うことなんてなかったもんね……」

 ふいにそうこぼしたルージュに、ブルーも笑うのを止めて視線を合わせる。

「なぜ、ここに来た?」

 急に質問を投げかけられ、ルージュがきょとんとした顔でブルーを見つめる。

「お前は、ここには来ないものだと思っていたからな」

 咳払いを一つして、ブルーがそう付け足す。それを聞いたルージュは困ったような笑顔を作ると小さな声でこう伝えた。

「だって、教えてくれたのはブルー、君でしょう?」
「俺はただ肉親に自分の生存と所在を伝えただけだ。他意はない」
「でも、少しは僕が来ること期待してた?」
「してない」
「嘘だ。してたでしょ?」

 あくまで意地を張るブルーに据えられた大きな紅い瞳。あどけなさを残したままのその瞳に見据えられて、さすがのブルーも根をあげたらしい。

「だったらどうだ」

 そうぶっきらぼうに答えた。その途端、ルージュがくすくすと笑い声を立てる。

「……そんなにおかしいか」
「ううん。全然おかしくないよ」
「ならばなぜ笑う?」
「だって――」

 そこで言葉を切って、笑い声の代わりにその顔に満面の笑みをたたえて。

「すごく嬉しいんだ。その……僕たちがこれから本当の兄弟として生きていけるから」

 いきなりそんな言葉を投げかけられてブルーは唖然となった。それは自分が密かに望んでいながら言葉にはできなかったことだったから。自分のプライドや、照れや、その他全ての彼を構成する価値観や倫理観が歯止めをかけていて、どうしても言えなかったことだったから。

「お前は、不思議な人間だな」
「そうかな? みんなからはわかりやすいって言われてたけど」
「少なくとも俺から見たら不思議だ」
「そうだね。でも僕からしたらブルーも不思議だよ」
「そうか? 損得勘定だけで生きている、極めてわかりやすい部類の人間だと思うがな」
「へえ。知らなかった、そんなこと」
「……互いに知らんことが多すぎるな」
「そうだね。でもそれは今から知っていけばいいでしょ。時間はまだまだあるんだから」

 それに静かにブルーが同意する。ふいに互いに視線をはずし、見上げた先にあったのはまだ目覚めぬ新しい命たち。

「この子供たちが成長する頃には、少しは進展しているかもしれんな」
「ううん。きっと世界中の誰よりも分かり合えた仲になれてるよ」
「お前がそう言うのなら、そうかもしれん」

 にっこり笑ってそう答えたルージュに、思わずブルーも笑みをこぼす。

 きっと彼の仲間が見たらびっくりするだろう。今まで数ヶ月に渡り寝食を共にしてきた間柄と言っても、彼が笑うといったら皮肉か人を馬鹿にした時ぐらいしか見たことはないのだろうから。

 どちらとも言わずそっと歩み寄る。

 数mと離れていた距離はやがて互いに触れ合えるほど近付いて。

「これからよろしくね、ブルー」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」

 互いに差し出された手は自然と重なり、やがて強く握り締められた。


 引き剥がされていた時間がようやく一つに交わり動き出す。

 これからの、二人の故郷の再建と真の平和という目的を共にして――。


|| THE END ||

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