◆いつまでもこうやって
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目に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。ここ、どこかしら。うちじゃないことは確かね。だって、私のベッドはもっと柔らかくて――って私は何を考えているの!
気付いて起き上がった瞬間、あばらに強烈な痛みが走った。尋常じゃないこの痛み、知ってるわ。確か三年前に肋骨を骨折した時にこんな痛みがあったような。
「あ、気が付かれたんですね」
近づいてきた女の人は看護士だった。じゃあ、ここは病院なの? 他の皆はどこ?
「すぐに先生がいらっしゃいますからね」
そう言って彼女は視界から消えた。目で追おうにもあばらが痛くて体をねじることすらできないわ。でも、そんなことをする必要はなかった。
「ドールさん! 気付いたんですね!」
代わりに視界に飛び込んできたのはレンの顔。腕に包帯を巻きつけたまま嬉しそうに呼びかけてくれたレンの横、今度はいつもの無表情なサイレンスの顔が現われた、んだけど、珍しく顔を包帯で固定してあったりする。腕に抱かれてるコットンも胴体を包帯でぐるぐる巻きにされちゃって。
「みんな、大丈夫なの?」
きりきりとする痛みに少し負けて小声で返すと、レンは固定されたままの腕を上げてガッツポーズなんて取った。
「もちろんです! 骨折だけで済みました!」
そう、骨折だけで済んだのね、ってこの感覚、ここに入ってからついたもんだわ。
「サイレンスは? その顔どうしたの?」
「サイレンスさんは、顔を骨折しちゃって……。もうかなり治ってるみたいなんですけど、先生が固定だけはしとくって」
あらあら。中身は変だけど、顔はうちの部署の中で一番で、素晴らしい目の保養になってたのに、なんてふざけてる場合じゃないわね。
「キュキュッ! ミュキュー」
そう、コットンは骨折はなかったけど全身打撲、と。押しつぶしちゃったかしら?
そういえば、あのいつもうるさいクレイジーな男はどうしたのかしら、そうふと不安になったその時、反対側から恨めしげな声が聞こえた。その声に首だけを動かすと、いたわ。あの男が派手に足を吊るされて。
「ドールより俺の方が重傷なんだよ。それなのにお前らは……」
よく見てみると、首は固定されて腕は包帯責め、顔のあちこちにガーゼが当てられて、本当に怪我の仕方までクレイジーね。
「先輩は、ドールさんの下敷きになっちゃって」
「おい、レン! 笑ってんじゃねーよ! だいたい、ドールもだ。お前、ちょっとは自分の体重考えやがれ!」
「なんです……ッ!」
大声を上げた瞬間、きつい痛みが走った。これじゃ反論もできないじゃない!
「ドールさんは、肋骨にひびが入ってるんですよ。もうちょっと安静にしないと。あ、ラビットさんはそこに」
レンの指差す先に充電器に繋がれたラビットがいた。あら、電源はしっかり入ってるのね。しかし、肋骨にひびなんて、どうりで話すだけで痛いわけだわ。
「それで立てこもりなんですが……犯人は無事捕まりました。人質も全員無傷です」
そうだわ。私たち、それで仕事に赴いたんじゃない。でもよかった。人質は全員無事なのね。
「つまり俺たちゃ怪我しただけ、ってわけだよ」
……それは確かに悔しいわね。どこの部署が踏み込んだのかしら。――でも、まあいいか。こうして皆無事でいるんだもの。
そう思って一息ついたとたん、ふいに目頭が熱くなってきた。ちょっと待って、タリス。何で泣きそうになってるの?
自制しようとしても一回涙がこぼれたらダメだった。後から後から出てきて、どうして泣いてるのか自分でもわからない。
「ド、ドールさん?」
「ミュキュキュキュキュー?」
『たりす捜査官ノ眼瞼(がんけん)カラ内分泌液ノ漏洩ヲ確認』
ちょっとみんなして人の顔見ないでよ。恥ずかしいじゃない。慌てて腕で顔を隠したけど、恥ずかしくってもう見せられないわ。ああ、腕を伸ばすとまた肋骨が……。
「おおっ! ドール、お前泣いてんのか?」
興味津々といったヒューズの声が聞こえたけど、残念ね。ベッドから起き上がれないあなたには絶対に見られないわ。ほら、周りの皆も早くベッドに帰ってよ。
でも、皆が帰るより前に私は腕を戻すことになってしまった。
「……鬼の目にも涙」
ん? 今のあまり聞き慣れない、でも知ってるような声は誰かしら?
「サ、サイレンスさん! それはちがッ……!」
「キュキュッ! キューッ!」
『鬼ノ目ニモ涙トハ――』
「おうおう、サイレンスもなかなか言うねえ」
そう。サイレンスが言ったのね。……ところで、鬼って誰のことかしら? そこんとこ、よーく説明してもらおうじゃないの!
「ちょっと! サイレ……!」
――――! 痛い痛い痛い痛い! ヤバいくらい痛いわ!
「大丈夫ですか、ドールさん!」
ああ、レン。心配してくれるのはあなただけね。でも、心配してくれるだけならいいわ。できれば、ついでにあの横で大笑いしている馬鹿を再起不能になるまで叩きのめしてちょうだい。それから、『鬼の目にも涙』なんて言葉を逐一説明してるぽんこつメカと、キューキュー喜んでるダメモンスターと、フォローすらしようとしない冷徹妖魔も!
もう、どうして私、こんな連中と仕事しているのかしら。こんなに気が利かなくて、いらないことばっかり言って、いつもこっちに迷惑ばかりかけてきて、ちょっとは私の身を案じなさいよ。あなたたちと仕事してたら、いくつ堪忍袋の緒があっても足りないじゃないの。
ゆっくり息をしていると、徐々に痛みが治まってきた。ああ、今こそガツンと言ってやらなきゃ!
ちょっとずつ息を落ち着けながら顔を上げると、特捜課の面々の顔が飛び込んできた。どこか頼りないレンと、いつも寝てばっかりのコットンと、ピントのずれてるラビットと、何を考えてるのかわからないサイレンスと、首を回して横にいる、歯止めの利かないヒューズと。
……見てたら、急に怒りが収まってきた。ああ、こうやっていつもビシッと言えないのよね。
でもいいわ。今回は許してあげる。こうやって皆の顔を見てたら、さっき自分が泣いた理由もおのずとわかってきたわ。
皆が無事なのか心配してたのよ。だから、ほっとして涙が出ちゃったのよ。いいじゃない、それくらい。心配して当たり前よ。皆、本当に大切な存在なんだって思ってるんだから。
だって私たち――かけがえのない仲間でしょう。
|| THE END ||
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