◆いつまでもこうやって
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どうしてこの部署に配属されたのか、たまに考えることがあるの。
「おい! お前、俺のチョコ食いやがって!」
そんなヒューズの怒声にサイレンスがいつもの『我関せず』といった顔でそっぽを向く。……あれは食べてるわね。言わなくても顔に書いてあるわ。騒動になる前に止めなきゃ、と思った瞬間もうそれは遅いことに気付いた。お願いだから取っ組み合いの喧嘩なんかしないで。ここは幼稚園じゃないのよ。
「せ、先輩もサイレンスさんも落ち着いて……」
ダメよ、レン。そんなへっぴり腰じゃあの二人には勝てないわ。そう心の中で呟くと同時に、サイレンスの広げた羽が見事に顔面ヒット、レンは小さな悲鳴を上げて後ろに飛びのいたけど、そのままふらついて机に激突、腰を押さえたまま座り込んでしまった。ほらね、だから言ったじゃない。
机の引き出しを二、三段開けてようやく目当ての物を見つける。あの二人が喧嘩し出したらこれがないと困るのよね。薄い使い捨ての花粉症用のマスクとゴーグルを取り出し、装着して僅か数秒、今度は殴られたサイレンスの反撃が始まる。ああ、掃除は誰にやらせようかしら。ひとまずあの二人とラビット辺りに頼もうかしら。ふと部屋の端で充電中のラビットを見る。彼の搭載している高性能クリーナーは本当に役に立つわ。――それも鱗粉対策のために特別に搭載してもらったものなんだけど。
「てめー! 卑怯だぞ!」
咳きこみながらも叫ぶなんて器用な男ね。そういえば、レンはどこに行ったの。
部屋の中をぐるりと見渡すと、戸口へと向かって床を這っていくレンの姿を見つけた。かわいそうに、いつも巻き込まれちゃうのね。
そのまま視線を横にやると、今度は仮眠用のソファですやすやと眠っているコットンがいた。ティディ種って本来、一日に十六時間は睡眠をとるのよね。でも、あんなに側で大騒ぎされて(と言っても大声を出しているのはヒューズだけだけど)それでも起きないっていうのはちょっと自然の法則から言って危ないんじゃないかしら。
そこまで考えたところで、今日の喧嘩は終了した。スピーカーから聞きなれた音が聞こえて、それに続いて音割れしそうな声。
『マンハッタンF地区インターナショナルビルで事件発生! 繰り返す。マンハッタンF地区インターナショナルビルで事件発生!』
その声に、取っ組み合いをしていた二人も、外に出ようとしていたレンも慌てて出動準備に取り掛かった。私も、すぐさま準備をして、ラビットのモードを切り替える。
『まんはったんF地区いんたーなしょなるびるデ事件発生』
「そうよ! 出かけるわよ!」
『出動要請ヲ確認シマシタ』
命令を確認したラビットと、レンに抱えられたまま、まだ夢うつつのコットンと、それからさっきまで大騒ぎをしていたヒューズとサイレンス。私たち特捜課は、全員そろってマンハッタンへと急行した。
* * *
「爆弾ですって?」
思わず大声で叫んでしまった自分を恥じて、今度は小声で同じことを繰り返す。
『そうだ。立てこもっている犯人の言い分に過ぎんが、用心に越したことはないだろう』
「ちょっと待ってください! それじゃ僕たちのいるとこって危ないんじゃないですか?」
『だから用心しろと言っているだろう。とりあえず処理班がそちらへ向かっている。邪魔にならんようにな』
それだけ伝えて、無情にもスピーカーのあちらの声は切れてしまった。
「まったくやってらんねーぜ。お偉方は安全な場所で指示、俺らは地雷原のど真ん中ってわけだ」
『地雷デハナク爆弾デス』
「うるせー! それぐらいわかってるよ」
お願いだからそう叫ばないでよ、ヒューズ。私たちの今の状況を考えてちょうだい。
ふと顔を上げると、マンハッタン・インターナショナルビルが目の前にそびえ立っている。三つしかない出入り口付近に配置されたはいいけど、ここのすぐ側に犯人が仕掛けた爆弾があるかもしれない、って考えるだけで、全身がぎゅっと硬直してしまう。――私だって爆弾なんてまっぴらゴメンよ。
「とにかく犯人の要求はトリニティ重役たちの解雇なんですよね? そうとなると反トリニティ政府を持つリージョンが……」
「そうとも限らないわよ」
レンの言葉を遮って、色んな可能性を頭に浮かべる。最近のトリニティはそりゃあちこちから反感を買っているんだもの。実際、私たちの立場だって怪しいもんだわ。今回の立てこもり犯だって、どこのリージョンの人間なのかはっきりとはしていない。
「犯人云々よりも先に人質の安全確保、でしょ。……それにしてもやっかいね」
インターナショナルビルの中には現時点で三千人以上の人間がいる。それが全員人質になってしまっているなんて、下手な動きはできないわ。
「キュキュキューキュッ!」
「うん。犯人を下手に刺激なんかしたらとんでもないことになってしまう……」
コットンの言い分にレンがそう呟いたその時、黙ったままのサイレンスがふいにぴくっと反応した。しきりにジェスチャーで黙っていろ、と言うけれど、彼に何が聞こえているのか私たちにはわからない。第一、この場所はすぐ側に高速道路、しかもマンハッタンでもかなり交通の激しい場所に当たる。車の音がうるさくて何も聞こえやしないわ。
それでも彼はしきりに私たちに何かを訴えてくる。お願い! こんな時くらいだんまりはやめて! そう言おうとしたけど、それはサイレンスの意外な言葉に遮られた。
「ピッ、ピッ、ピッ……」
まるで時報を刻むように彼が口にしたその言葉。それが何なのか、頭で理解する前に全身の血がさーっと引いていった。――まさか!
「ちょっと、サイレンス! その音、ずっと聞こえてたの?」
それに対して彼は首を振った。ということは、ついさっきから?
「おい、どこから聞こえるんだよ?」
ヒューズの問いかけにサイレンスは辺りをきょろきょろと見渡してやがてある一点を指差した。ビルとビルの細い隙間。どうやらそこから音は漏れてきているみたい。
「ラビット、探査してちょうだい!」
『了解シマシタ』
静かなモーター音とともに探査を始めたラビットの口から結果が出るのにたぶん、五秒とかからなかった。
『火薬ヲ探知シマシタ。梱包ハ鉄製、成分ハ……』
「キュッキュー!」
突然、コットンが走り出した。サイレンスが先ほど指差したあの隙間に向かってあっという間に姿を消す。ちょっと、それは危ないわ!
慌ててコットンの後を追って、隙間へと入り込んだ私は、彼がしきりに威嚇している物を見て唖然とした。鉄パイプの上にガムテープで張られた小さな電光掲示板。真っ赤な色のデジタル表示が一秒、また一秒と時間を刻んでいく。12、11、10……。
「おい、どうしたんだ?」
次の瞬間、角から顔をのぞかせた皆に向かって私は走り出しながら叫んでいた。
「みんな、逃げて!」
コットンを鷲づかみにしたまま飛び出した瞬間、私にもはっきりと聞こえた。ピーッと耳に突き刺さる電子音が。
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