◆ただ今友情捜索中(2/3)
シュライクハイウェイはシップ到着場を始点としてシュライク全土を走る、まさに生活と流通の大動脈だ。支流も合わせれば、北は済王稜、南は武王稜とシュライクが抱える二大古墳群の下まで走り、観光、文化研究及び発展にも努めている。中でも最近発掘が開始された北の済王稜は研究者のみならず、世界中の考古学ファンの注目も集めている。そのためか、シュライクの北西に位置するレッドの家へと向かうこの北部支線も、観光バスやトラックでいっぱいだった。
「どうも視界が悪いな」
ぼやくヒューズの前には、大きなトラックががたがたと音を鳴らしながら走っている。様々な形に加工された鉄骨が荷台に括り付けられ、たまにがたりと大きな音を立てる。
「おいおい、こりゃ過積載じゃないのか」
「どうだろうな。でもこれ、たぶん済王のとこに行くやつだ。最近あそこ、ドーム作っていろいろやるって言う話だしさ。樹木の侵食が激しいからって」
「確かにあそこは山ん中だからなあ。しかしあそこもついに人間の手に触れちゃって、済王はどうするんだろうな。それにあの三種の神器だっけ? 相当な価値があるんだろうな。くそっ、一つくらい頂いとけばよかった」
「それがさ」
ぷぷっとレッドが噴出し、続ける。
「あそこ、最近超有名心霊スポットにもなってるんだ。作業員が王冠かぶった骸骨を見たっていうのが何度もあってさ」
最近、済王稜はオカルティックな噂が絶えない。新聞紙面にはほとんど登場しないが、テレビのニュースやバラエティで徐々に広がり、夜になると昼間の遺跡好きに代わって、オカルトマニアが近隣リージョンからも押し寄せていると言う。
「へえ、済王も自分の眠りは妨げられたくないってね」
ニヤニヤと笑いながらもヒューズがアクセルを踏み込む。目の前のトラックが隣に移ったこの隙にさっさと追い抜こうという算段だ。いつまでも危なっかしい車の後ろについてはいられない。
そしてその目論見は確実に達成されるはずだった。
「お、おい、ヒューズ!」
「なんだなんだ。かわいこちゃんでも見つけたか?」
「かわいこ……そんなこと言ってる場合じゃない! 早くスピード落とせ!」
やおら掴みかかってきたレッドに驚き、ヒューズがとっさにブレーキをかける。幸い後続車はおらず、そのまま進み続ける中、レッドを引き剥がしたヒューズの怒鳴り声が響いた。
「何だってんだ、いったい!」
一気に不機嫌になりレッドを睨みつけるが、こちらも負けてはいない。
「誘拐! 誘拐だ!」
「はあ、お前誘拐って……」
「見たんだ。あのトラックの前にいるシルバーのセダンから子供がこっち見てた」
「あのなあ、そりゃ子供も車に乗るだろうさ。もしかして、済王稜に惹かれた幽霊だったりして」
「バカ、ふざけてる場合じゃない! 普通に乗ってる子がさるぐつわ咬まされてるか!」
レッドの最後の言葉に、ヒューズの顔色もさっと変わった。子供がさるぐつわを咬まされ、車に乗せられている。それが明らかに尋常でないことはすぐにも判断できた。
「よし、気付かれないように近づくからな。お前、もう一回確認してみろ」
スピードを上げて、先ほどのトラックから少し追い抜いた状態で、二人を乗せた車は進む。目当ての車に徐々に近づき、それでいて並んでしまわないよう細心の注意を払いながら運転するヒューズの顔はさすがに真剣だ。
「おい、どうだ」
「……いる。外見てる」
「そうか。悪いがちょっと付き合ってくれ――おい、本部。こちらクレイジーヒューズだ。緊急事態につき、しばらくパトロールを続行する」
『はい、了解しました』
ヒューズが本部とやり取りしている間も、レッドは子供から目を離さなかった。いや、離せなかった。怯えたように外へと視線を送るその様が、助けてくれと言わんばかりだったのだ。
「おい、ヒューズ。どうするんだ」
「しばらく後をつける。もし、誘拐だと確定したら、本部に連絡を入れる。ただし」
そこで言葉を切り、ヒューズは視線を投げた。
「言っておくがお前は『一般人』だ。たとえ、どんなに腕っぷしが強くてもな。いいか、車から降りるのは自由だが、その後何が起ころうと保障はできない。それだけは肝に銘じておいてくれ」
「わかった」
いつになく重いヒューズの言葉に、レッドも固唾を呑み頷いた。その間も子供を乗せた車は進み続ける。どこで降りるのかもまだわからない。
「いいな、行くぞ」
「ああ」
緊張した空気が流れる中、ゆっくりとスピードを落とし、再びトラックの後ろにつく。こうしていれば相手からは見えず、こちらからは降りる場所が僅かだが見える。
「あっ」
レッドが声を上げたのは、それから一キロばかり進んだ頃だった。降りようとするセダンとトラックに僅かなずれが生じたのだ。もちろんヒューズもそれにすぐさま反応し、ハンドルを左に切る。ぐるりと円を描くような道を走り、やがて一般道へ出ると、偶然を装ってセダンの少し後ろに構える。
「この道、廃工場だ」
「廃工場?」
「ああ。とっくの昔に閉鎖されているんだけど、鍵が壊されてそのままになってる」
「なるほど、そこに連れ込もうってわけだな」
二人の読み通り、セダンはしばらく走り、廃工場の前で停まった。こちらは気付かれるのを避け、レッドの案内で周囲を一周し、元の場所に戻ってくると少し離れて停車する。
「ふうん、あちらさんはすでに準備済みか。ブラスターだけで敵うかねえ」
廃工場の入り口は僅かに開いているばかりだが、車に人の影はない。だが行き止まりで逃げ場もないこの場所、犯人は必ず中にいるはずである。
「やっぱり俺も行く」
決意を込めたレッドの言葉に、無線に手を伸ばしたヒューズの動きが止まる。
「お前なあ。さっき俺が言ったこと、ちっとも理解してないだろ」
「いや、わかってる。わかってるけど……でも行く。あいつら、絶対に許せない」
「そうやって命落とす羽目になるかもしれないぜ」
「わかってる。それに――」
次はどんな言葉が飛び出すのか。ふと足元に視線を落とした後、頭を上げたレッドの顔にはなぜか意味深な笑みが浮かんでいた。
「ここ、俺の秘密基地だったんだ」
子供ほど地元の地理に詳しい人間はいない。大人が恐れるような場所にも好奇心を武器に突き進んでいく。もちろん、レッドもそんな子供だった。危ない、近寄るなと大人から強く注意されてはいても、この工場は非常に魅力的な格好の遊び場だったのだ。それから十年経っているとは言え、初めてやってきたヒューズに比べれば格段に内部にも詳しい。実際に工場内部の様子、通路、そして入り口の数などは、レッドの話を聞けば地図に書かれたも同然だ。
「ヒューズは左側の裏口から入ってそのまま通路を直進。そうしたら右手にでかいタンクが三つ並んでる。間には錆びた鉄くずが落ちてたりするから音を立てないよう気をつけろ。そのタンクの間に入ったら、もう正面ホールは目の前だ」
「お前はどうする」
「俺は右から入って機械の間を移動する。迷路みたいになってるから気付かれにくいし、もし人質を見つけた場合、隠す場所も山ほどある」
「よし。それで行こう。だがお前は絶対に犯人とは接触するな。それから、危ないと思ったらすぐ逃げろ。何しようが勝手だが、これだけは約束してくれ」
「わかった」
作戦を頭に叩き込むと、二人は車から飛び出し、すぐさま工場の裏手に回った。レッドの記憶は確かで、そこには小さな入り口が左右対称で並んでいる。錆びた鉄の扉は開きっぱなしになっていて、音を立てずに侵入するには好都合だ。
「よろしく頼むぜ、相棒」
「ああ。キグナスの成功をもう一度」
互いにがっちり手を組んだのを最後に、レッドは工場へと飛び込んだ。久しぶりに潜り込んだ内部は、変わらず鉄の錆びた匂いと埃臭さが充満している。かつては相当な業績を生み出した工場らしいが、今やその面影はどこにもない。ただ、過ぎた日々を悲しく残したまま存在しているのみ。
その中をレッドは右へ左へと方向を変え、目的地へと突き進む。当時すんなりと通れていた道はいささかきつくもあったが、脳裏にあの子供の瞳を思い出せばそんなことを言っている暇はない。一分一秒でも早く助け出してやりたいという一心で鉄の迷路を移動し、正面ホールに辿り着く最後の角を曲がった時だった。
かすかに聞こえたのだ。人の話し声が。
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